その空は、泣きたくなる位快晴でした。
5月22日に、母方のおばあちゃんが亡くなりました。
22日(金)はスクールでライブのオーディションがあって
無事自分達の番が終わった後携帯を見たら
母からの知らせが入っていました。
相方達に謝って早退させてもらって
夜の20時頃におばあちゃんがいた老人ホームに母と妹とで駆けつけました。
おばあちゃんは愛媛生まれの大阪育ち。
大人になって愛媛に移り住み、8年ほど前から母が引き取り
5年ほど前から埼玉近くの都内の老人ホームに入居していました。
母は毎月逢いに行っていましたが
私と妹は3年ほど逢っていませんでした。
理由は遠いという事もありますが、3年前に脳の病気で倒れて以来
記憶障害と顔が変形してしまったらしく
母が気にして逢わせてくれませんでした。
きっといつまでも元気で素敵なおばあちゃんでいたかったんだと思います。
おばあちゃんは優しい人で、私に演歌を教えてくれました。
夜寝る前お話を沢山聞かせてくれました。
駆けつけた時はすでに棺に入っていて、穏やかな表情でした。
病気だったと思えない位。
母は泣き、妹も泣きました。
私は老人ホームの職員の方が話をしたそうだったので
一瞬泣きましたが、すぐ落ち着きました。
職員の方と今夜の事を話していたら母が来てお葬式の話をしていました。
私は妹とまたおばあちゃんの側に行きました。
しばらくすると父から電話が入って
愛媛から来たらしくて妹と2人で羽田空港まで迎えに行きました。
父がおばあちゃんにあえた時はもう次の日の2時を過ぎていて
少しだけ話をした後、母はおばあちゃんの側に行きました。
3時過ぎまで起きていましたが、明日も車を運転する事になると思い
私と父は老人ホームの客間で眠りました。
母はおばあちゃんの側にいて
妹はそんな母の側にいました。
翌日6時過ぎに目が覚め、8時頃愛媛から叔母(母のお姉さん)が車で駆けつけました。
車の音を聞いて外に出て、母と叔母は泣きながら抱き合っていました。
悲しくなって私は空を見上げました。
その空は、泣きたくなる位快晴でした。
5月22日に、母方のおばあちゃんが亡くなりました。
22日(金)はスクールでライブのオーディションがあって
無事自分達の番が終わった後携帯を見たら
母からの知らせが入っていました。
相方達に謝って早退させてもらって
夜の20時頃におばあちゃんがいた老人ホームに母と妹とで駆けつけました。
おばあちゃんは愛媛生まれの大阪育ち。
大人になって愛媛に移り住み、8年ほど前から母が引き取り
5年ほど前から埼玉近くの都内の老人ホームに入居していました。
母は毎月逢いに行っていましたが
私と妹は3年ほど逢っていませんでした。
理由は遠いという事もありますが、3年前に脳の病気で倒れて以来
記憶障害と顔が変形してしまったらしく
母が気にして逢わせてくれませんでした。
きっといつまでも元気で素敵なおばあちゃんでいたかったんだと思います。
おばあちゃんは優しい人で、私に演歌を教えてくれました。
夜寝る前お話を沢山聞かせてくれました。
駆けつけた時はすでに棺に入っていて、穏やかな表情でした。
病気だったと思えない位。
母は泣き、妹も泣きました。
私は老人ホームの職員の方が話をしたそうだったので
一瞬泣きましたが、すぐ落ち着きました。
職員の方と今夜の事を話していたら母が来てお葬式の話をしていました。
私は妹とまたおばあちゃんの側に行きました。
しばらくすると父から電話が入って
愛媛から来たらしくて妹と2人で羽田空港まで迎えに行きました。
父がおばあちゃんにあえた時はもう次の日の2時を過ぎていて
少しだけ話をした後、母はおばあちゃんの側に行きました。
3時過ぎまで起きていましたが、明日も車を運転する事になると思い
私と父は老人ホームの客間で眠りました。
母はおばあちゃんの側にいて
妹はそんな母の側にいました。
翌日6時過ぎに目が覚め、8時頃愛媛から叔母(母のお姉さん)が車で駆けつけました。
車の音を聞いて外に出て、母と叔母は泣きながら抱き合っていました。
悲しくなって私は空を見上げました。
その空は、泣きたくなる位快晴でした。