誰もいない渓谷で、二村ヒトシさんのイベントのひとり反省会をしたんこぶ。
 
ごんぶとでかい反省点がある。
主催が二人いて、しっかりとコミュニケーションがとれておらず、
わたしが「ん?」と感じた違和感をはっきりと伝えなかったことが原因だ。

その最たるものが、わたしが一番堪える形であらわれた。
二村さん著作の本を必ず読んでくる、という条件の読書会で
当日、参加者さんから「課題本を読んでいない」と説明があった。
これは参加者さんのせいではなくて、明確に伝えなかった主催側に原因がある。
もっと言えば、
「課題本は絶対読んでくるもの」と強く強く考えていたのはワタシだけだったのかもしれない。

途中で共同主催の友人に「参加者さん、課題本読んでくるって知ってるよね?」と
言おうかな、と思った時点があった。
あったのに言わなかった。
今回はそんな違和感を感じているのに、言わなかった、のオンパレードだった。
言わなかったら「無い」のと同じだよね。
後だししても全く意味がないんだ・・・・ばかだ。
 
悔しかった。今も悔しい。
猛烈に自分に腹が立つ。五臓六腑が煮えたぎる。
 
 
わたしにとって「本」は特別なものなのだと改めて知る。
文章を書くのは命を削るのと同じだと思ってる。
二村さんはわたしが何年も愛読している「心の作品」を書いた方だ。
もういいや、キモいけど「魂の作品」て言ってもいい。そのくらい、わたしにとって大切なもの。
 
事前に、課題本を2冊にするのはどうですか?と二村さんご本人から提案があったのだ。
ハードル高いですか?と物腰柔らかくお声がけ頂いた。
その2冊はセットのような内容で、合わせて読むことで
二村さんの「伝えたいこと」が深く理解できるようになっている。
ご本人自ら提案してくださったことに、わたしは感動していた。
 
 
大丈夫です、2冊でいきます、とこたえたのは我々主催者。
それなのに、約束を守らなかった。
わたしは二村さんに大変な失礼を働いた。
尊敬する方に対して、最低なふるまいをしたのだ。
 
 
「誰か」が悪いのでは決してない。徹頭徹尾わたしの話だ。
わたしが、自分の尊厳を守ろうとしなかった。
本気で大切だと捉えていたら、ひと手間ふた手間の連絡など容易いものなのに。
課題本、読んできてくださいね!と確認しなかった自分をタコ殴りしたい。
傷つくくらいなら、自分にできること、徹底してやれよ!!!!
 
この話をするとたいてい
「まあ、読まなくても読書会できるしねえ」
「かなこさんの捉え方だよね」
「仕方ないねー」
など、穏やかな返事が返ってくることがおおい。
わたしだけのこだわりなんだなあ、ってそれでわかる。
わたしが憤慨しすぎて、当日その場で柔らかくフォローしてくれた方がいて、本当にありがたかった。
自分が悪いのに感情むき出しにしてみっともない、恥ずかしい。
それでも抑えて抑えて、あれでも堪えたんだ。本当は叫びたかった。
読んでないなら来ないでください。
 
 
  
勝手に信念燃やしても、「伝える」をしなきゃ、周りはそんなの知らないっつーの。

だから言う。
今後わたしの開催する読書会では、必ず必ず課題本を読んできてもらうことにするよ。
その本が嫌いでもいいの。絶対読んできてもらう。
わたしにとって本は命なんだもん。
書いた方は「命を削って、差し出してくれたひと」で、最大限に尊重したい。
もうさあ、わたしは暑苦しくキモチ悪くしかやっていけないんだから、
嫌われながら自分の大事なものを守っていくよ。
むしろ、嫌われなきゃ、守れないんだって、知った。
 
★「課題本を読んでこなくてもいい読書会」を開催したこともあります。
 ゆるさを楽しむそんな読書会も好きだし、今後も開催するかも。
 その場合はもちろん!未読でOKです★
 
 

中津川の喫茶店でクリームソーダ頼んだら苺フレーバー。
クールダウンクールダウン。