店長が厨房からビールの入ったジョッキをひとつ持ってきてわたしの前へ置くと、店のドアが開く音がした。
「こんちわー」
男性の声に続いて、若い女性たちの話し声が聞こえてくる。
「あー、お店の中は暖かいわあ。あかりちゃん、今日はめっちゃ寒かったなあ」
「ほんまですねえ、ひとみさん」
入り口のほうを振り返ると、青いダウンジャケットを着て黒いリュックを背負った三十代ぐらいの男性が立っていて、その後ろに黒っぽいコートを着たふたりの女性が見えた。
背が高い女性と、小柄な女性だ。
ふたりとも髪が長くて前髪が揃っていて、遠目に見ると色白の顔が姉妹のようにそっくりだった。
「あれっ? 今日はなんか見たことないお客さんがいてはりますね」
背が高いほうの女性がこちらへ近づいてきた。高くてよく通る甘い声だ。
女性はわたしの前に立つと、近視のせいなのか眼を細めながらわたしの顔と左手を見た。
「初めまして、ですよね?」
女性は笑顔になった。
声は若いが、見た目はおとなの女だ。年齢は二十代後半だろう。
目に力があるのはアイメイクのせいだけではなさそうだ。
ストレートの長い黒髪に、透明感のある肌の白さが際立っていた。
笑わずに黙っていればなかなかのクールビューティーだと思う。
「わしが梅田のウインズから連れて来たんだよ」と、兵頭が振り返って女性に言った。
「あんた、名前は……楠田くんだったかな?」
やはり兵頭はわたしの名前を憶えていなかった。
「楠木です。楠木圭介と言います」
「そうそう、楠木くんだ」
兵頭はやっと思い出したようだった。
「この楠木くんはね、いまは訳あって会社を辞めて仕事を探してるんだけどね、なかなか優秀な男だよ。わしと同じ慶應ボーイだ」
「えっ?」
わたしは驚いた。兵頭が大学の先輩だとは知らなかった。
「へえー、ケイスケさんですか? 大原ひとみです」
背が高い女性はちょこんと頭を下げた。
揃った前髪の下にある大きな目は、笑うと三日月のような形になる。
ピンク色のくちびるは少しぷっくりしていて、何かしゃべるたびにぷるんと動く。
他のふたりもこちらへやってきた。
「中川です。地方公務員をやってます」
「初めまして。富坂あかりです。酒造メーカーで広報を担当してます」
中川と名乗った男性は、背は高いがやや小太りで、小じゃれた黒いフレームのメガネをかけていた。
人の良さそうな笑顔が印象的だ。
もうひとりの富坂あかりという小柄な女性は、近くで見ると童顔でおとなしそうな雰囲気の子だ。
まだ学生みたいな感じだが、どこか育ちが良さそうな上品さがあった。
ふたりがあいさつすると、背が高いほうの女性が右手に持ったバッグのなかを左手でごそごそとかき回して、銀色のケースを取り出した。
女性がケースを近くのテーブルの上に置いてふたをあけると、赤いフレームのメガネが出てきた。
「改めまして、大原ひとみと申します。職業はフリーアナウンサーです!」
赤いメガネをかけたひとみが、もういちど大きな声で自己紹介した。
「ひとみさん、なんでメガネなんですか?」
あかりが尋ねると、ひとみは「このほうが女子アナっぽいやろ?」と答え、わたしに向かって大げさにウインクした。
(第20話へ続く)
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