「兵頭さん、さっきのお話の続きですけど、必ず勝てる馬券なんかあるんですか?」
ピッツァを食べながら、わたしは話を戻した。
「ああ。もちろん競馬に絶対はないがね。このレースはこの馬が勝つ確率が非常に高いという堅いレースは確かにある」
「堅いレース、ですか?」
「そう。例えば今日のきさらぎ賞だ」
兵頭はピッツァを口に入れてからビールをぐいっと飲んだ。
「出走頭数はたったの八頭。一番人気のルージュバックはこれまで牡馬相手に二戦二勝。しかも二戦とも完勝だった」
兵頭はまたピッツァをひと切れつまんだ。
「少頭数のレースに一頭だけ抜けて強い馬が出る。そういうレースが月に何回かある。そんな堅いレースで勝負するのがわしの馬券術だよ」
「なるほど」
単なる確率の問題だが、確かに出走頭数の少ないレースほど馬券は当たりやすい。
そこに今日のルージュバックのような強い馬が出走してくれば、ますます馬券が的中する確率は高くなる。
「今日のルージュバックの単勝馬券こそ、必ず勝てる馬券だよ」
「そうですね」
「まああんたが買ったアッシュゴールドの複勝馬券も似たようなもんだけどな。いい馬券の買い方だよ」
兵頭はわたしの目を見て笑った。
「あと、無駄な馬券ってなんですか?」
わたしは兵頭の言う競馬必勝法の二つ目についても訊いてみた。
「わしに言わせれば、必ず勝てる馬券以外は全て無駄な馬券だな」
「……そうですか」
「無駄な馬券を買って、負けたら資金が減るだろ? 競馬で食っていくには、まずは馬券を買うための資金を減らさないことが重要だからな」
「なるほどです」
「最近は三連単のフォーメーションだのマルチだの、馬券を何十通りも買って、そのうち一点が的中すれば万馬券、みたいな馬券の買い方がはやりだけどね」
兵頭はジョッキのビールをぐいっと飲み干した。年齢の割にピッチが早い。
「馬券の基本は単複。単勝か複勝だよ」
兵頭はそう断言した。
「確かに。でも単勝や複勝は配当が安いですよね?」
「万馬券が出やすい三連単なんかに比べると、確かに配当は全然安いがね。それでも今日のルージュバックは単勝一・七倍だよ」
「そうでしたね」
「あんな堅い馬券を買うだけで、お金が一・七倍に増えるんだよ。すごいことだと思わんかね? わしは株もやってるんだけどね、たったの数分間で株価が一・七倍になる株なんてあり得ないだろ?」
確かにその通りだ。
「そうですね。じゃあ兵頭さんは三連単の馬券とかは買わないんですか?」
三連単はレースの一着から三着までの馬を全て当てる馬券だ。
「買わないなあ。競馬なんてどの馬が一着になるのかもわからんのに、二着や三着の馬までわかるわけがないだろ? もしそんな馬券が当たっても、そんなのはまぐれ当たりだよ」
兵頭はまた残りのピッツァを食べはじめた。
競馬が好きな人は、純粋に馬が好きな人と、ギャンブルが好きな人に分けられる。兵頭はギャンブルとしての競馬が好きなのだろう。
「オーナー、ビールおかわりされますか?」
店長が兵頭に声をかけた。
「いや、今日は一杯だけでいいわ。あんた、わしの代わりに好きなだけ飲んでいいから」
わたしのジョッキもほとんど空だった。
「いえいえ、わたしも今日は一杯だけで」
「若いもんがそんなに遠慮してどうする。まあ今日はビールでもワインでも好きなだけ飲みなさい」
「そうですか……じゃあ、もう一杯だけ」
わたしはジョッキに少しだけ残っていたビールを飲み干した。
「かしこまりました」
店長は空のジョッキを二つ持って厨房へ入っていった。
「そろそろ時間だな」
兵頭がちらっと腕時計を見た。
「えっ、何の時間ですか?」
「うん。競馬場へ行ってた連中が、そろそろこの店に来る時間だよ」
時計を見るともうすぐ十七時半だった。
京都競馬場の最終レースはおそらく十六時半までには終わっているはずだ。
競馬場のある淀から北浜までは京阪電車でたぶん一時間ぐらいだろう。
「まあ、今日は日曜だから、そのまま家に帰っちゃう奴が多いし、来るとしても三、四人ってところだろうけどね」
「へえー、どんな人たちが来るんですか?」
「それは会ってのお楽しみだな」
兵頭は最後にひと切れ残ったピッツァをおいしそうに食べた。
「まあ、あんたもたまには息抜きが必要だな。どうせ毎日ひとりで悶々としてるんだろう?」
兵頭は意味ありげに笑った。
(第19話へ続く)
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