「戸崎、頼むぞ!」
隣に立っている小柄な老人が画面に向かって大きな声をあげた。
老人は大きめのグレーの帽子を目深にかぶっていて表情まではわからないが、戸崎圭太騎手が乗るルージュバックの馬券を買っているに違いない。
ゲートが開いた。
八頭の馬がいっせいに前へ出た。
横一線のなかから、内のネオスターダムと外のエメラルヒマワリの二頭が先頭に並ぶ。
ルージュバックは四番手、アッシュゴールドはその後ろだ。
さらに後方にはポルトドートウィユが控えている。
前の争いは、結局ネオスターダムがエメラルヒマワリを制して先頭に立った。
隊列はゆったりと流れ、最初の千メートルは一分一秒六。
スローペースだから、馬群の前にいる馬には有利な流れだ。
「よし、いい位置だ!」
隣の老人が叫んだ。
ルージュバックは三番手に上がって前を追っている。アッシュゴールドはまだ後ろ。
ペースが遅いと見て、武豊騎手が乗るポルトドートウィユが、アッシュゴールドを外から交わして前へと上がっていく。
池添、だいじょうぶか……。
アッシュゴールドは後ろから三頭目に下がった。
この位置で前に届くのか?
わたしは少し不安になり、コートのポケットに入れた一万円の馬券をどきどきしながら右手で握りしめた。
ネオスターダムが先頭のまま、馬群は四コーナーを回った。
ルージュバックとポルトドートウィユが並んで前に出る。
最後の直線に入ったが、まだネオスターダムが後ろに三馬身ぐらいの差をつけて逃げている。
「戸崎、行け!」
隣の老人がまた大声をあげた。
ルージュバックは二番手に上がり、ポルトドートウィユがそれに続く。
アッシュゴールドはまだ後方のままだ。
「池添!」
思わず声が出た。わたしだけじゃない。フロアのあちこちから歓声と怒号が飛んだ。
「戸崎、差せ!」
老人が叫んだ。
ルージュバックは先頭のネオスターダムを追っていた。
ゴールまであと残り二百メートルのあたりで、ルージュバックはネオスターダムにぐんぐんと接近する。
続いてポルトドートウィユが前を追う。
後ろのアッシュゴールドも、ようやくエンジンがかかったように伸びてきた。
「アッシュ、差せ!」
わたしは画面に向かって叫んだ。こんなに大きな声を出すのはひさしぶりだ。
「戸崎! 差せ、差せ、差せ!」
老人が声をあげると、ルージュバックがようやく先頭のネオスターダムに並んだ。
「行け! 戸崎!」
先頭に立ったルージュバックは、あっという間にネオスターダムを突き放した。
ネオスターダムはそのままずるずると下がっていく。代
わってポルトドートウィユがルージュバックを追うが、差は開いたままだ。
さらにアッシュゴールドが三番手まで上がり、ポルトドートウィユに迫ってきた。
「アッシュ、行け!」
「戸崎! 戸崎!」
フロアじゅうに歓声が響くなか、ルージュバックが先頭でゴールした。
二着にポルトドートウィユが入り、アッシュゴールドは三着だった。
「やったあ!」
わたしは馬券を握りしめた右手を突き上げた。
一万円の複勝馬券は見事的中した。
配当は安いが、馬券が当たる喜びを味わうのは何年ぶりだろう。
「勝った! 勝った!」
隣の老人も声をあげ、帽子を脱いで右手で振り回している。満面の笑みだ。
「あれっ?」
老人をよく見ると、見覚えのある顔だった。
「兵頭……さん?」
「おや?」
老人もわたしに気づいて真顔になった。
間違いない。あのハローワーク相談員の兵頭だ。
(第15話へ続く)
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