「圭介、お前これからどないするつもりなんや?」
その日の夜、家でテレビを観ながら夕食を食べていたら、たまりかねたようにオカンが言った。
「さあ……まあなんとかなるよ」
自分がこれからどうするつもりなのか、わたし自身が自分に聞きたいぐらいだ。
「せっかく時間があるんやから、勉強して資格でも取ったらどうや? あんた、勉強は得意やろ?」
「資格ねえ……」
そういえば若い頃、経営コンサルタントにあこがれていたわたしは、中小企業診断士という経営コンサルタントの国家資格を取ろうとしたことがあった。
勉強の甲斐あって一次試験には合格したが、仕事が忙しくなりそこで勉強を止めてしまった。
資格の勉強は時間がかかるし、四十歳にもなってまた受験勉強をはじめるのは正直きつい。
「もうテストを受けたりするのは嫌だからなあ」
「それやったらあんた、どっか田舎のほうへ行って、農業でもやってみたらどうや?」
「農業?」
田舎で農業?
「そう。農業や。農業やったら食いっぱぐれもないやろうし、ちょうどええんとちゃうかな?」
オカンからの突然の提案に、わたしは少しとまどった。
田舎で農業をはじめる。
それは考えたこともなかったなあ。
そういう選択肢もアリかも知れない。
しかし、さすがにこの歳になって一から農業をはじめるのは、資格の勉強をするよりもはるかにハードルが高そうだ。
「無理だよ」と、わたしはあっさり答えた。
「力仕事は苦手だし、向いてないと思うよ」
「そんなん、やってみなわからへんで」
オカンはしつこい。
「都会から田舎に移住して農業をはじめる人が増えてるって、こないだテレビで言うてたわ」
「ふーん」
「あんたもどっかの田舎へ行って、農業やってみたらどうや?」
「無理無理」
「そんなことばっかり言うて……あんた、ほんまにこれからいったいどないするつもりなんや?」
「まあご心配なく。また何かいい仕事を見つけるから」
わたしはそう言って、話を切り上げた。
しばらく休んで、これからの人生をゆっくり考える……ハローワークで兵頭にそう言われたものの、いくら考えても新しい夢ややりたい仕事は見つからなかった。
よくよく考えてみれば、わたしはこれまでの人生で自分のやりたいことは全部やってきたのだ。
経営コンサルタントにもなれたし、ベンチャー企業の経営幹部にもなれた。
わたしの夢は全て実現した。
そして、今となってはそんな夢はもう全部過去の話だ。
再び経営コンサルタントに戻りたいとか、どこかの会社へ入ってまた経営幹部になりたいとか、そんなことは正直もうどうでも良かった。
わたしは全てやり切ったのだ。
そんな自分がこの次に何をやればいいのか、終わってしまった夢の続きは何なのか、わたしには明確なビジョンもプランもなかった。
「楠木様はジョブホッパーというより、立派なキャリアビルダーですよ」
転職エージェントの天野は、わたしのことをキャリアビルダーだと言ってくれた。
しかし、これから先、わたしはさらにどんなキャリアを積み上げていけばいいのだろう?
やはり兵頭が言ったように、自分で会社を立ち上げるとか、何か新しいことをはじめるべきなんだろうか?
ただ自分は、経営者には向いていないと思う。
そのことは、経営コンサルタントとして多くの経営者に接してきた経験からよくわかっている。
わたしは社長の器ではない。
コンサルタントのような参謀役のほうが性に合っているし、自分には人を動かす魅力のようなものが欠けている気がする。
それでは人は集まらないし、良い経営者にはなれない。
そんなわたしが会社を作っても、すぐにつぶれてしまうだけだろう。
結局、会社とは社長の器以上には大きくならないものなのだ。
それに、そもそも自分でリスクを負ってまでやりたいというような、事業のアイディアも持ち合わせていない。
新しい夢って、いったい何だろう?
あれこれ考えてはみたものの、結局答えは見つからなかった。
(第11話へ続く)
第1話はこちら
小説「夢の続きはキャリアビルダー」
アマゾンKindleストアで公開中。
Kindle Unlimitedなら無料で読めます。