あっという間に年が明け、二〇一五年の一月になった。
「圭介! もうあんた家で毎日ごろごろしてばっかりやんか。いつまで正月のつもりや。たまにはどっか出かけてきたらええのに」
朝からリビングのソファーにパジャマ姿で寝転がってテレビを観ていたわたしに、オカンが掃除機をかけながら文句を言った。
ふたりで住むには広すぎる一戸建ての家を、毎朝掃除するのがオカンの日課だ。
掃除機の音がうるさくて、テレビに映るアナウンサーの声がよく聴こえない。
「どこかに出かけろって言われてもなあ……」
東京の会社を辞めて大阪の実家に戻ってから、求職活動で外出する以外は、ほとんど家から出たことがない。
外出すればお金もかかるし、失業中の身で知り合いにでも会ったらさすがに気まずい。
先月面接したバイオベンチャーのメディカルスターズからは、年末に人材紹介会社のシルクエージェントを通じて不採用の連絡が来た。
シルクエージェントの天野の話だと、メディカルスターズの社長は経営コンサルタントを嫌っていて、わたしが元コンサルタントだと知ると、そんな奴は採用しないと言い出したらしい。
面接をした総務部長はわたしのことをずいぶん推してくれたそうだが、ベンチャー企業はしょせんオーナー会社だ。
創業者であるオーナー社長の鶴の一声で全てが決まってしまう。
総務部長と言えども、オーナー会社では社長の使用人に過ぎない。
そのことは去年までベンチャー企業で働いていたわたしにはよくわかる。
「今回はちょっとアンラッキーでしたね。また新しい求人が見つかりましたらご連絡しますよ」
シルクエージェントの天野は電話でそう言ってくれたが、今のところ何の連絡もない。
「あんた、せっかく大阪へ帰ってきたんやし、また華ちゃんに会いに行ったらどうや?」
オカンはせっせと掃除機をかけ続ける。
「年末に会ったばっかりだよ」
娘の華とは、クリスマスの前、別れた嫁とわたしの三人で一緒に食事をしたばかりだ。
クリスマスプレゼントにサンタのコスプレ衣装をあげたら喜んでくれた。
「それやったら友達と飲みに行くとかやな、年も明けたんやし、いろいろやることあるやろ?」
「友達ねえ……みんな仕事で忙しいからなあ」
正直な話、自分の身の振り方が決まるまでは、友達には会いたくない。
それにわたしが転職を繰り返したせいで、むかしの友達とは自然と疎遠になっていた。
それでも今年の正月には年賀状が何通も東京の住所から転送されてきたが、返事は出していない。
「朝から晩までテレビばっかり観て、せっかく時間があるのにもったいないで。あんた他にやることないの?」
オカンが急に掃除機を止めたので、またテレビの音が聴こえてきた。
「あんた、テレビ観る以外になんか趣味とかないんかいな?」
「趣味ねえ……」
特にここ数年は仕事に追われる毎日だったから、これといった趣味はない。
「競馬とか、もうやらへんの? むかしはよう競馬場に行ってたやんか」
「競馬かあ……」
そういえば競馬場にはもう十年以上行ってない。
好きな馬が引退して、競馬には興味がなくなった。
年末にテレビで有馬記念を観るぐらいで、長いこと馬券も買っていない。
「とにかく、どこでもええから出かけてきたらええねん。ええ気晴らしになるやろ? ほら、今日もええ天気やで」
オカンがリビングの窓を開けると、冷たい風が部屋のなかに入ってきた。
「ちょっと! 寒いやんか」
思わず大阪弁が出た。
「なに年寄りみたいなこと言うてんねん」
六十五歳を過ぎてもオカンは元気だ。
掃除も洗濯も炊事も買い物も、家事はオカンが全部やってくれる。
東京で三年間もひとり暮らしをしてきた身としてはありがたい。
オカンが多少口うるさいのをがまんすれば、なかなか快適な生活だと思う。
それに実家なら生活費の心配もない。
亡くなった父親が建てた賃貸マンションからの家賃収入があるのだ。
父親が残してくれた資産のおかげで、ぜいたくさえしなければ働かなくても暮らしていける。
「明日またハローワークに行くから、今日は家にいるよ」
「そうですかそうですか。朝から晩まで家でごろごろテレビ三昧。失業者やいうのに、けっこうなご身分やね」
「おかげさまで」
わたしはソファーに寝転んだまま、リモコンでテレビのチャンネルを変えた。
(第6話に続く)
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