「いやあ、楠木様、すばらしいご経歴でいらっしゃいますね」
あいさつもそこそこに、名刺を差し出した男は低音のよく通る声でわたしの経歴をほめた。
男の名刺には「株式会社シルクエージェント 大阪支社 キャリアコンサルタント 天野 遼」と書かれている。
大阪へ帰ってきてすぐに二社の面接を終え、ひとりでの求職活動に限界を感じたわたしは、さっそく人材紹介会社最大手のシルクエージェントに登録したのだ。
人材紹介会社とは、いわゆる転職エージェントのことだ。
転職エージェントは、わたしのような求職者に求人企業を紹介する会社で、採用が決まれば企業から報酬を受け取るシステムになっている。
求職者にとっては無料で仕事を紹介してもらえるありがたい会社だ。
ネットで登録すると翌日にはメールが届いて、さっそく大阪支社のオフィスで担当のキャリアコンサルタントと面接することになった。
面接場所はシルクエージェント大阪支社の受付の裏にある小ぎれいな面接ブースだ。
「いえいえ。わたしなんか転職を繰り返しただけの、ただのジョブホッパーですよ」
わたしは自嘲気味にジョブホッパーという言葉を使ってみた。
「とんでもない。楠木様はジョブホッパーというより、立派なキャリアビルダーですよ」
キャリアコンサルタントの天野はわたしの言葉を笑って否定した。
「キャリアビルダー?」
また聞いたことのない言葉だ。
「ええ。楠木様は転職のたびにキャリアアップされていますし、そういう方のことをキャリアビルダーと言うんですよ」
「へえー、そうなんですか?」
「はい。最近は日本でもそういう方はどんどん増えてますよ」
「なるほど」
終身雇用が当たり前だったむかしに比べると、日本でも転職者は増えているだろうから、転職しながらキャリアアップする人も増加しているということか。
おかげで転職エージェントが儲かるわけだ。
このシルクエージェント大阪支社のオフィスも、梅田の一等地の立派なビルのなかにある。
「楠木様のように、転職を希望される方のキャリアアップを支援するのが我々の仕事です」
低音ボイスのせいか、天野の話には説得力があった。
「そうですか……しかしわたしの場合はもう四十歳を過ぎてますし、転職サイトでもいろいろ探してみたんですが、なかなかいい仕事が見つからないんですよ」
わたしは正直に今の窮状を訴えた。
「ご安心ください。弊社には転職サイトには載っていない非公開求人がたくさんございます。きっと楠木様にぴったりのお仕事が見つかりますよ」
天野は自信あり気に答えた。
「でも、東京と違って大阪での仕事探しは難しいのではないですか?」
わたしはなおも不安だった。
できればまたベンチャー企業で働きたかったが、東京への一極集中が進んだせいで関西に本社を構えるベンチャー企業は数が少ない。
とりわけ、ものづくりと商売の街である大阪は、東京に比べてIT企業やネット企業の規模も小さく、大手のメーカーか町工場みたいな中小企業ばかりが目立っている。
「確かに東京ほど求人の数は多くありませんが、大阪にもいろんな求人がありますよ」
「そうなんですか?」
わたしは天野の言葉に希望を持った。
「ええ。さっそくですが、ネットでご登録いただいた情報に基づきまして、わたしのほうでいくつかの求人をピックアップさせていただきました」
天野は仕事が早い。
テーブルの上に置かれたクリアファイルから何枚かの書類を取り出し、わたしの前に広げて見せる。
書類は全て企業からの求人票だった。
「今のところざっとこんな感じです。これ以外にまた新しい求人がございましたら、改めて楠木様にご紹介させていただきます」
天野はそう言ってにっこり笑った。
経験上、仕事が早い人は信用できる。
さすがはプロの転職エージェントだ。
この人に任せれば、今のわたしにぴったりな仕事を紹介してくれそうな気がした。
ひとまず安心だなと、わたしは思った。
(第4話に続く)
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