トルコで気がついたことを
環境とCSRと志のビジネス情報誌「オルタナ」のウェブと
Yahoo! ニュースに寄稿し、10日(金)にアップロードされました。
トルコ国内初の原発建設推進に変更なし(オルタナ)
ソーラーパネル普及するもトルコは原発建設を推進、
日本と交渉再開の方針 (Yahoo! ニュース)
内容は同じなのですが、
それぞれの表示可能字数制限ぎりぎりまで使うので
見出しを変えてあります。
追記として、この記事のバックグラウンドと、
トルコの駐日ビルギチ大使の友情について少し。
トルコのエネルギー問題について興味を持ったのは、
ダマスクローズの収穫を追って
山間の小さな町、ブルドゥルに行ったときでした。
ほとんどの家にソーラーパネルが載っていたのです。
イスタンブールでは見かけませんでした。
その時トルコでは、6月12日の国会議員選挙を控え
賑やかに選挙戦が繰り広げられていました。
あちらこちらにポスターが貼ってあったり、
選挙カーが行き来していたり、
大型スクリーンで政治家が演説していたり…。
で、トルコ人ガイドに
ソーラーパネルのことをいろいろと聞いていると、
トルコには初めての原発ができる予定とのこと。
しかも、福島の事故の後もその計画は変わらず、
原発の有無は選挙の争点になっていないと!
さらに、
「トルコは原発を日本に発注するつもりだったのに、
福島の事故でロシアに変えた」というではありませんか!
(注:実際にはロシアに発注されたのと
日本が交渉していたのは別の原発でした。)
で、トルコのエネルギー事情に興味を持ったのです。
そして、帰国後に調べてみたら、日本との交渉は中断していて、
なんと、私がトルコにいる間に駐日トルコ大使が記者会見し、
原発についても言及していたことが分かりました。
次々と疑問がわき、その記者会見 の2時間あまりのyoutube、
トルコのエネルギー天然資源省のホームページ から
数10ページの英文レポートに目を通しました。
なかでも、書ききれずに残念だったのが、
4月に着任されたアブドゥルラフマン・ビルギチ大使の
日本への温かい発言です。
それを、ここに追記として紹介したいと思います。
5月27日に行われた、日本記者クラブでの記者会見です。
121年前、オスマン帝国末期に、
戦艦エルトゥール号が日本の串本で遭難したとき、
殉死者を手厚く葬り、生存者を助けてくれたことが
両国間の友情の始まりです。
その後の、地震、戦場からの救出にも
両国間の友情は発揮されてきました。
東日本大震災の時には、トルコの救援隊は、
海外からの救援隊の中で、もっとも長く日本に滞在しました。
そこには、恩を返したいという気持ちがありました。
東京に赴任した私の最初の出張は串本の慰霊碑訪問でした。
その次には、個人的活動としてマスコミにも言わずに、
大震災の被災地に温かい料理を届けに行きました。
私の任務は、今までの絆の上に、
更なる友情を育むことです。
日本も同じ気持ちだと信じています。
トルコには親日家が多いのですが、
その代表のような方ですね。
今後も日本とトルコの絆が深まることでしょう。
たかせ藍沙
