グリーン・プレスクラブ(GPC)の第1回総会に行ってきました。
GPCは、環境・社会貢献系のメディア連携体「グリーン・メディア・アライアンス(GMA)」の下部組織として2009年12月1日に設立された「グリーン」な記者クラブです。ミッションは下記。グリーン・メディア・アライアンス(GMA)のホームページから引用します。
■ GPC(グリーン・プレスクラブ)のミッション
環境や社会貢献など「グリーン」な分野において、既存の記者クラブだけではなく、大手メディアからフリーランス、市民記者、ブロガーに対する情報の経路を確保し、環境や社会貢献などで先進的な事例、最先端の情報を伝えることで、社会のグリーンな潮流をさらに増幅していくこと
総会は、発起人の1人でもあり、雑誌『オルタナ』の編集長の森摂さん司会のもと、表参道にあるオルタナサロンで行われました。
この記者クラブは、マスコミ関係者だけではなく、環境やソーシャル系の情報を日常的に発信している人、市民記者の方たちやブロガー、ツイッタラー(twitter)、学生にも門戸を開いています。
この日も、さまざまなジャンルの方々が集まり、総会の2時間はあっという間に過ぎました。これからのクラブのあり方、運営方法、定例会見の開催、ジャーナリスト講座の開設、上質な一次情報の重要性から、TwitterやMLを使った情報交換の場の設置など、活発な議論が交わされました。
その後、場所を地下から1階のカフェに移動しての懇親会。こちらでも、活発な議論は続きました。私は、残念ながら、別の勉強会の予定があり、懇親会の途中で退席しましたが、これからの活動が楽しみでわくわくします。
この日、私が発言したことをここに書かせていただきます。文章で人に伝えることは得意なのですが、人前でマイクで話すととても緊張してしまうものでして……。補足を含めますので、少し長くなりますが、総会で私が感じたこと、これからGPCでできたらいいと思っていることを記します。
ニュースは、取材に行く前に、どのようなソースを集めてくるのか指示がある場合が多く、偏った視点になりがちなこと、それぞれの記者の見方で同じことを取材しても内容が変わることという発言を受けまして……。
私は2004年の津波のことを思い出しました。必ずしも現地の状況が公平な視点で、正しく伝わっていないと思ったからです。
津波の約5カ月後、タイを取材する機会に恵まれました。その最後に、プーケット北部の高級リゾートに宿泊したので、撮影が終わった夜、プーケットでもっとも被害が大きかったとされるパトンビーチに車で行ってみることにしました。
ビーチ沿いの建物の中には、まだ被害に遭ったまま手つかずの建物もいくつかありましたが、小さなみやげ物店をはじめ、ほとんどの商業施設は営業していました。観光客が多く訪れていた「ゴーゴーバー」は、津波被害を受けてから3日で営業再開していたとか。ところが、以前は人でごった返していた時間帯に人影はまばらです。
津波の直後、私はパトンビーチにある旅行会社に電話してみました。意外にもすぐにつながり、日本人経営者に様子を来てみると、「ウチは無傷ですよ。電気も電話も止まらなかったし」と言う答え。波は、海から内陸1ブロックまでしか届いていなかったというのです。
日本での報道に疑問を感じました。
日本のテレビでたびたび放映された映像に、海岸沿いに大きな飛沫を上げた高波があります。プーケットに行ったことがある人なら誰でも知っていることですが、ビーチとビーチ沿いの道路には段差があり、そこにぶつかって飛沫を上げているわけで、実際の波のサイズとはかなり違うのです。
そして、プーケット日本人会や、ホテルオーナーなど、現地観光関係者からは悲痛なメッセージがいくつも届きました。それは、津波の被害に対するものとは違うものでした。津波後、日本人だけがピタリと来なくなってしまったため、経営危機に陥っているというものでした。
義援金を集めるためには、津波の被害を過大に報道するのは役に立つかもしれません。が、そのいっぽうで、プーケットは年間数十万人の日本人が観光で訪れていた島です。イメージダウンが観光業に深刻な2次被害、つまり風評被害をもたらしていました。プーケット島は大きな島ですので、島全体でいえば9割以上のホテル・観光施設は通常営業していたのです。義援金は被害のなかった商業施設には届きません。観光客の激減で、彼らは深刻な経営危機に陥っていました。
モルディブもそうでした。テレビでは首都が水浸しになった映像ばかりが。国土の平均海抜が1.5mというこの国と温暖化の関係は別に機会に書きますが、津波直後に現地に電話して聞いてみると、水に浸かったのは港近くの一部で、半日で水は引いており、ほとんど被害はないとのこと。大きな環礁の、震源地側の外洋に面した一部のホテルでは、水上コテージが倒壊するなどの被害がありましたから、7割近いホテルはほとんど無傷で通常営業できる状態にありました。
が、ここでも日本人観光客が激減。ヨーロピアン観光客が戻ってもいっこうに訪れない日本人。現地で「どうして?」と聞かれて答えに窮しました。
プーケットでも、取材に来た日本人新聞記者が、被害の大きかった場所ばかり取材していたと、現地で観光業に携わる日本人の方は怒りをあらわにしていました。
実際に、数千人の犠牲者を出したもっとも深刻な被害を受けたのは、プーケットから北に来るまで1時間ほどの別の街でした。が、プーケットに宿泊して取材していた記者の方たちの報道では、日本でネームバリューのある「プーケット」の名前が頻出しました。プーケットの観光地としてのイメージに打撃をもたらしたのは日本の報道なのではないかと思っています。
欧米では「このような時にこそ!」と雑誌などのメディアがいち早くプーケット特集を組み、観光客の誘致に貢献したとか。日本では、私自身も予定していた雑誌取材が「今はイメージが悪い」と言う理由でキャンセルとなってしまい、悔しい思いをしました。
その後、いろいろなネットワークを使って新聞や雑誌、ウェブなどで、「今大切なのは現地への観光旅行」と訴えましたが、いずれも扱いは小さく、ムーブメントにはなりませんでした。
津波の話が長くなりましたが、GPCの総会でもバッドニュースのほうが、グッドニュースよりも大きく取り上げられがちという日本のマスコミの問題点も投げかけられました。
大きく取り上げられるバッドニュースの裏で、報道によって苦しんでいる人たちがいることを伝えることができる、つまり、立場の違う双方の情報を「良質な一次情報」として発信できる場としても、GPCにはとても期待しています。
私が長年取材してきた南の島では、明らかな気候変動があります。自然環境に何かが起こっていることは肌で感じています。
そのいっぽうで、自然回復力の強さに感動すら覚えることもあります。1990年代最後に起きたエルニーニョ現象に端を発したアジア・インド洋の広範囲に亘るサンゴ礁の死滅、ボルネオ島の大規模熱帯雨林火災。前者では新しいサンゴがすくすくと成長し、後者では黒こげになった木の幹が緑の蔦に覆われ、たくさんの若木が育っている姿がありました。残念ながらこのようなゆっくりと進行しているグッドニュースはあまり報道されていません。
GPCには、情報ソースとしての期待もありますが、私は発信する側の1人でもありたいと思っています。早くも2月のGPCの第2回総会が楽しみです。
GPCには参加資格が設けられていますが、GMAのホームページで登録を受け付けていますので、ご興味のある方はぜひご参加を。
今日は、GPCの総会で刺激され、書きたいことが多くてことさら長文となってしまいました。最後まで読んでくださってどうもありがとうございました。
たかせ藍沙
http://www.aisha.jp

