前回、旅行会社を退職するまで書きました。

長々とお付き合いいただきありがとうございます。

 

働いて精神的にも辛く、1年程で退職し、 その後はアパレルで アルバイトをしながら約1年転職活動をしました。

そのアルバイトの傍らで、NPOで女性のDV相談に乗る電話相談のボランティア担当として採用されました。

 

学生時代に発展途上国での女性や子どもの性的搾取について調べていたり、

中高生時代は心理学を学びながら、児童虐待に調べたりと、予備知識は多少ありました。

また、こういった活動こそが私がやりたいことだろう、という思いもありました。

 

相談では、統合失調症の方やDVを受けている方など様々な方とお話する機会がありました。

私としてはこのボランティア自体を続けていきたかったのですが、

転職活動にある日進捗があったため、やめることになりました。

 

そこは中小企業のビルメンテナンス会社で、営業事務として採用されました。

旅行会社で私の精神はボロボロ、でしたが、その後アパレルでのアルバイトで

洋服を売る、という仕事に自信がつき、仕事のスピードの速さや接客が、

販売数に繋がっており、アルバイトという身ではあったものの、社員の方からも評価されて自信がついていき、

次の仕事に気持ちが向き始めていました。

ここで心のリハビリができたといっても過言ではありませんでした。

 

その後、ビルメンテナンス会社で以前とは全く違い、年齢層も平均年齢が50歳ぐらいの会社で、

若手として入社し、PCスキルがあることや働きぶりが買われて

職種もどんどん変わり、日々達成感とストレスが隣り合わせの職場でした。

上司が中国人ということもあり、仕事のノウハウなどもとてもユニークなことがあったり、

新しい発見や自分の成長にもなりよかったのですが、

PCにへばり付く仕事だったので、ある日、どうしようもないめまいに襲われることが何度かあり、

酷いときは救急車に運ばれることが1回ありました。

 

原因究明のために色々な検査をしたものの、脳や耳鼻科では異常なし。

ストレスなんだろう、ということで完結してしまいました。

 

この時、24歳そこら。

 

その後結婚を、夫の大阪転勤に合わせて大阪へ行き

会社と相談して、テレワークで業務を継続することができるように。

 

大阪転勤後に妊娠し、28歳で出産しました。

出産後はビルメンテナンス会社を退職し、

そのころには自分の仕事にも自信をつけてきた状態で、今度は本当にやりたかった仕事である、

「子どもや女性の支援をする」という考えに近いNPOに就職しました。

こちらで、189という虐待の疑いがある際に通告をされるご家庭に訪問をするような仕事をしたり、

放課後児童支援員向けの講座の企画運営のお手伝いをしました。

その際に引きこもりなどの問題にも直面する機会がありました。

そのNPOでもとても学びに繋がりつつ自分の信念に沿った仕事ができ、とてもやりがいがあったのですが、

夫の仕事の転勤に伴い、私も泣く泣く大阪を離れることになりました。

 

東京での転職活動も早々と済ませ、次は子どもの支援をする東京のNPOに転職をしました。

そこでは基本テレワーク中心でしたが、忙殺される日々。

心身疲労困憊するような状況。

とはいえ、初めての仕事も多く、大変やりがいはあるし、

経験したかったことができたことが誇らしくもありました。

2人目妊娠、出産を機に産休育休をして、その後また同NPOに復帰をするものの違う職種で1年働き退職。

自分としても、そろそろ辞め時かな、と思っている頃でした。

 

振り返ってみるとあっという間の従業員生活。

 

2022年は自分で仕事をしよう、と退職を機に思ったのでした。