世界平和実現の道も一歩から
2030年まであと4年
日月神示
この道に縁ある者だけで型出せよ
カタで良いのじゃぞ。
世界人類の救済からゆくと
~メシヤ教はよほど
キリスト教に近くなるの型~
いままでの観音様のときは、
善悪無差別的救いであったので、
非常に軟らかであった。
これからは
厳しく罪や穢れは
徹底的に清算されなくては
ならぬ・・・
という時期になった。
それでどうしても今度のようなことが
あり得るわけである。
立春の日には組織が変わった。
元旦には、今年から大変だと言った。
それは世間のことと思ったら、
教団自体に大きい変わり事があった。
これからは世の中に変わり事があろうと思う。
いまは観音様のお働きはできない。
祝詞にも、応身弥勒と化し、
メシヤとならせと入れた。
観音様はメシヤとならせられ、
観音様のお働きはメシヤになる。
観音様は東洋的であり、
世界的のものではない。
世界人類の救済からゆくと、
メシヤ教は
よほどキリスト教に近くなる。
いずれそうなるべきだが、
ようやく時期が来たのである。
神様はいろいろさせてそれにより
神代の罪をいま帳消しになさる。
もう気づかないふりはやめだ!!
多極分散型国家への転換
正解を教えるのではなく、
議論を促すための本でした。
世界救世教
「解説」
主神は宇宙の始まった時から
永遠の未来に至るまで
すべてを支配し、
私たちを守護されている。
しかし、
人間は主神とその深い御心を
直接知ることはできない。
故に御自分の代理として、
かつてはキリスト、釈迦、マホメットなどを、
そしてこのたび最後の救いを行うために
明主様を派遣された。
驚くべきことは、
明主様が使命を受けられて後、
経綸上の重要事項が
全部啓示されていた
ことである。
真実を知った今、
俺のように怒りを高め
人間に気づきを与える使命に
身を捧げろ!!
そこで、
メシヤ教が本当に開くにも、
東北の端からが本当なんです。
この方法を知れば、あなたは
苦しみから解き放たれる。
日本は世界の雛形なのである。
よって、
皇道経済は
まず日本から実施
されなくてはならない。
日本は皇道経済が実施され、
その実があがれば、
世界各国は競って
これに倣うことになる。
これが国祖の御再現による
世界改造の順序である。
◆皇道経済2 神有公産
全人類が、一切の私有財産を
その造り主である天地祖神に
お返ししなければならない。
国有や公有ではない。
万物は神有なのである。
神有公産こそが
ミロクの世の根本だといっている。
資本主義社会における国家発生の原動力は
私有財産制にあった。
その権力もまた私有財産制を基盤として
強化された。
原始共同体社会は同質平等の社会。
それがこうした私有財産制によって破壊され、
人類の社会は
支配/被支配、搾取/被搾取の階級社会となり
闘争の歴史となった。
◆皇道経済5 土地為本・天産自給
皇道経済実践の前提をなす
原理は「土地為本」「天産自給」である。
土地為本とは、
宇宙の中心経綸場は地球大地であって、
日、月、星辰はことごとく地球経綸の
補助機関であるということ。
つまり宇宙経綸の中核は地球大地であり、
宇宙法即は地球大地を核として
組み立てられている。
そして、この宇宙法則を解明し、
それに則って地上経綸を行うことが
土地為本主義である。
出口王仁三郎は、
地球国土の個性ある十二の国魂(土地の魂)に
よって区分される生命圏が、
天職使命を果たしつつ有機的に結合して、
世界一つの大生命体を形成している、
と説いている。
大地中には金、銀、銅、鉄等の様々な鉱物が
先天的に配置・分布されているが、
その度合いによって
土質が異なり、その土地の気が違う。
つまり埋蔵金属の種類、配合、分布の度合いが
国魂の相違・個性となって現れる
のである。
それが国土気象を支配し、
あるいはその国土上に発生する生物群の種、
個性を決定しているである。
それにも関わらず、
人間がこの法則を破り、
他の国魂経済圏を侵略するようになった時、
争いが起こり戦争が起こる。
国魂の相違による土地の個性は
地上経綸の基礎をなす法則であって、
これを曲げることはできない。
この法則を破れば、
地上世界は混乱に陥り治まることがない。
これが土地為本からくる政治経済の基本原則。
したがって、
各地域の気象・土質・人質・産業等の
個性を研究・解明しなければならない。
国魂の相違による土地の個性に基づく
地上経綸を行わなければならない。
世界の創造主たる主の大神(エホバ)は、
この地上に天国を樹立すべく、
太初より経綸を行わせ給いつつある事を
吾等は信ずるのである。
これに対して
人間を神の代行者とされ給うと共に、
一切万有は人間の為に造られたものである。
故に
今日までの人類史は
その為の準備工作に
外ならない事を信ずるのである。
大本教のお筆先にこういうのがあります。
「早くから神に縋りて居た人間は、
いよいよとなりたら
高見の見物をさせてやるぞよ」
というのがありますが、
お筆先は簡単にうまく言ってあります。
こっちが磨けていて
桟敷にいるようになれば、
実に面白い芝居です。
それはこれほどの劇は
とても見られるものではありません。
これが信じられないとしたら、
その人こそ
“哀れなる者よ、
汝の名は無神論者なり”
である。
一人一人が主導する
「楽しい日本」を目指していきたい!!
作れたら楽しいじゃないですか。



























































































