世界平和実現の道も一歩から

2030年まであと4年

 

 

 

 

 

 

 

日月神示

この道に縁ある者だけで型出せよ
カタで良いのじゃぞ。

 

 

 

 

 

 

 

バイブルをビジュアル化して

映像を共有

~未来の事象が収斂していくの型~

 

 

 

 

 

「バイブル」を

ビジュアル化する目的でつくられた

次世代共有機器「デジャブ」。

 

 

 

「デジャブ」は

装着人物がイメージした映像信号を

ビジュアル化し、

スクリーンで他者と共有出来るようにした

画期的なガジェットなんです。

 

 

 

おもしろいのう

人は同じ物を見、

違うことを考える

 

 

 

 

今まで見たことのないイエスの生涯

The Power of the Word

 

 

 

 

 

 

 

キリストは贖罪主なんです。

 

贖罪主というのは、

会社なら専務みたいなものです。

 

 

もし会社でいろんな過ちがあったりしますと、

専務が代表者になって、

許してくれと言って

 

 

社長にお詫びします。

 

 

贖罪主というのは、

そういうものです。

 

 

万民の罪を御自分が負って、

万民に代わって十字架にかかる。

 

 

 

贖罪主とは別に、

社長ーーーすなわち、

よし許すと言う、

 

 

許し主がなくてはならない。

 

 

私は許し主なんです。

 

              

 

ですから、

そういう点は非常にーーー

主人と家来ほど違うんですね。

 

 

こういうことも、

今までも言いたかったんですが、

あまりかけ離れているから、

誤解されますので言わなかった。

 

 

 

 

「明主様は誇大妄想的な脱線だ」と、

未信者は言いますから、

言わなかったんですが、

もうソロソロ言ってもよい

時期になったので、

言ったんですがね。

 

 

そういうことも知ると、

余計いろんなことが

はっきり分かるわけですね。

 

 

 

 

 

◆天国予言の具体化

今日聖書を通覧してみる時

 

 

最も重要である点は
「最後の審判」と

「天国は近づけり」と

「キリスト再臨」の三つであろう。

 

 

これを検討する時、

右の内最後の審判は神が行うのであり、
キリストの再臨は、

これは天の時到って現われる事で

説明の要はないが、
ただ天国のみは

人間の力で建設する

のである。
とすれば

これは何時の日か誰かが設計者となり、
建設の実を挙げなければならないのは

勿論である。

 

 

 

 

右の如くでありとすれば、

その時であるが、
我等の見解によれば時は今であり、
そうして建設者は本教である事である。
その具体化はすでに始まっている。
見よその模型を、目下建造しつつある事は
本紙に再三発表した通りである。

 

 

 



右の如く、

本教が地上天国を造る事によって、
キリストの予言は的中する
のである。

 


といっても

別段誇ろうとするのではない。

 

 

何となれば

聖書の予言も

本教がそれを具体化する事も、
神エホバが人類愛の御心によって

理想世界の建設の為、
時に応じて選ばれたる人間を

自由自在に駆使せらるるからである。

 


右の意味に於いて、

現在行いつつある我等の事業は
既に二千年前聖キリストによって

予言せられており、

 


その予言実行の為の使命を

課せられた一員としての

我等と思うのである。

 

 

 

 

 

 

 

そして僕らは動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

このメシヤというのは、

世界中で最高の位なんです。
西洋では王の王ということになってますが、
キング・オブ・キングスといって

その位をもってるんです。

 

私が出て

はじめて人類は救われるのです。
大変な大事件なんです。

 

 

 

現在空席である。

 

 

 

 

一人により

世界統一せざれば

真の平和は出来ぬ。

 

 

 

 

 

 

ガタガタ理屈など

後からついて来やがれ!!

 

 

 

 

 

 

ある種、

こじつけにも思えるようなところに

未来の事象が

収斂していくんだよ。

 

 

 

 

あなたがたが

 

 

「あ~これは

 キング・オブ・キングスだ」

 

という時にわたしに会う

と言っているんです。

 

 

 

 

 

 

 

日本人がメシアを

受け入れない限り

メシア王国が誕生しないからです。

 

 

 

 

メシア王国が誕生しないなら、

世界は壊れたままです。

 

 

 

 

 

 

 

完全に

 

 

か ん ぜ ん に ?

 

 

 

この4年間で

莫大な情報コントロール

っていうものをやるわけですよ

       

 

 

 

 

本物の世界平和は、

メシア王国の到来によって

初めてもたらされるのです。

 

 

 

◆観音講座 

 昭和10年(講座を弟子が筆録したもの)

 

これから説く事は

世界の大秘密である。

それをいよいよ暴露するのであります。

 

 

今までは夜の世界であった。

 

 

それ故諸々(もろもろ)の

穢(きたな)い事が匿(かく)れて

居ったのであるが、

観音様がこの世に現れた為に

 

 

霊的に日が出た事になり、

いよいよ秘していたことが

目に見えて来た。

 

 

 

 

その見えて来たままを

お知らせするのであり、

それで今までの迷いを去り、

不安を除き去るのであります。

 

 

今までのことは

総てはっきりしていなかった。

 

真理は簡単でありまして

複雑な事はない。

 

従来のあらゆる経典やお筆先は

判らなかったのであるが、

気が付いて見ると難しいもので

あります。

色々ややこしい複雑極まるもの程、

誤魔化しがあるのである。

 

 

マルクスの資本論のごときは、

学者でもわからん位に

ややこしいものであります。

要するに

それは真理ではないからである。

自分で真理が判らないから、

色々に誤魔化していたのである。

 

御経、バイブル、御筆先も

ややこしくて判らん。

 

 

これが今までの世で習慣となり、

訳がわからんから有難いのである

となったのであります。

判らんお経を称(とな)えられて、

有難いなぞとは

一種の変態心理だと思う。

 

 

この判らん御経を坊さんに上げて貰っても

判らんものを、人間ですら判らぬものを

霊になったらなお判らんことになる。

この間違いを直して行く事が

我々の今後の務であります。
 

 

座禅のごときも、

実に馬鹿々々しい事で

朝から晩まで座っている。

これも一般人間には判りもしない

寝言のごとき事を言って

喜こんでいるだけで

民衆に通用しない事は

本当のものではない

のであります。

バイブルも判らんが、

これは外国語を直訳した為である。

黙示録も夢物語に等しいのである。

 

儒教も孔子が言った事で

余程判る事は判るが、

昔の法律のごときであって、

日本の憲法を見た方が

反ってよく判る位のものである。

しかし中には忠孝の道五常五倫の道を

説いてある、これは宗教ではありません。

ここにおいて

喜びを与える事も

出来ないのである。

日本の神道は古いのは教義がない。

祭式、祈祷、呪禁(じゅごん)の

ごときものであるから、

先頃宗教へ入れるかどうするかとの

問題が起って未だ決定していない。

新しい宗教には、天理教、金光教、

大本教等は教義が出来ている。

天理教は教祖のお筆先が根本で

謎のごとくで判らん為、

学者、その他色々の人を頼み

後に人間が教理を作ったのである。

お筆先を読んでもある一部は判るが

判然と全部が判らん。

金光教も色々あるが

これは極平易な事柄であって、

現代の人間へ対する程

という様な事はなく、

単純な爺婆や花柳界の人達を

喜ばす事である。

大本教はお筆先であるが、

余り同じ様な事を繰返して煩雑過ぎ、

謎の様な事が多過ぎる。

中にて大本の霊界物語は、

何もしないで読んでも一ケ月もかかる。

その中に肝心な事はポッチリで

これも判らん。

一度や二度や三度位読んでは

判らんのである。

これ故大衆を救うというものはない。

はっきりしないから

一般民衆を救う事が救えぬ

のである。

 

 

 

これは夜の世界で出来たから

判然としないのである。

今度観音様のことが判然とした時が

光明世界なのである。

 

五六七の世がありますが、

今直(すぐ)に全部判然する時は

敵が出来たり、

邪魔が出たりして

反感が出来て駄目になる。

これが為観音様の御神業に障ることとなり、

 

 

この方の目的を達せられん事となるので、

困るから多少歯痒(はがゆ)い事もあるが、

今までのことを思えば

はっきりとしているのである。

 

現在までの宗教のこれは

こういう事である

と説いたまでである。

 

 

 

 

今までの文明ーーー

これは本当の文明ではないので、

要するに間に合わせ文明です。

で、

それを人類に教えて、

救うわけなんです。