世界平和実現の道も一歩から
2030年まであと4年
日月神示
この道に縁ある者だけで型出せよ
カタで良いのじゃぞ。
人を救い、
喜ばせながら、
自分も向上する
ということになる。
優秀性を競って物質社会を発達
~最終的に無人化?の型~
企業同士を競わせ
技術を急速に向上させようと
先月行われたのが、
最終的に無人化?
その読書会の内容、
詳しく聞いてきて。
世界救世教
昭和10年5月1日 御講話
悪の必要があって、
神は悪を許されてたんであります。
もし
悪がなければ
戦争とか、争闘がなく
いろいろな発明などが
なかったのに違いない。
もし欧州大戦がなかったならば、
飛行機とか無線科学は今日までに
発達しなかったでしょう。
そのために、
人間はいかに苦しんだことかしれません。
それで知らず知らず
文化が発達したんであります。
これまで発達すれば、
大光明世界ができる条件が備わった。
もうここいらでよそうというのが
神様の思し召しなんであります。
実にありがたい時期になったものであります。
物質文明の発達は逆でなければならぬ。
それで悪を上にし善を下にした
んであります。
これをさすために、
ユダヤ人を使って
悪で発達せしめたんであります。
で、悪の役をしたのがユダヤ人で、
ユダヤの本体は素盞鳴尊で
素盞鳴尊の本体は伊邪那美尊であります。
いままでの人類は病気をし、
悪いことをしたがる人間にしてあったのは、
そういうためにしてあったので、
これはよく言うことも悪く言うことも
できないのであります。
やむを得ずのことであります。
でいつまでもこれを真理としてはならぬ。
目覚めなければならぬ。
それで、今度はどうなるかと言えば、
善悪一致になる。
それは
善の世界であります。
善の世界でありますから、
善には非ず悪には非ず、
善であり、悪であり、
善にもならず悪にもならぬ。
というのは
善が上に位する。
善を上にするから人間を苦しめない。
今日の発達した文化を非常によく発達さす。

それを観音会が中心となって実行する。
見本をみせるのであります。
観音会の人、
観音会の家庭が、
その見本になって行くんであります。
その観音会の人は観音行をすればいい、
つまり、あたりまえのことをしておれば
家は富み栄え、
いままでの社会の人が羨む家庭ができる。
だんだん進んで行くに従い
立て別けがついて行くんであります。
ますますはっきりする。
観音信仰の人はますますよくなる。
目覚めて戦うの?
それは目覚めとは言いません。
コウジ【KOUJI】
はっきり言うと、
支配者は変わらない。
天津金木音図(あまつかなぎおんず)
物質社会を進める為の原理を
渡しているのは
古代の日本における命令なわけですね。
物質科学的な分野を治めなさい。
海原を統治しなさい。
これが
スサノウに与えられた任命なんですね。
どこが与えたのかというと、
道徳の規範である天照大御神。
日本の原理でも祀られてますけども
日本というのはスメラノミコト、
天皇というのは
アマテラスオオミカミっていうね、
そこに位置付けられた立場を
持っているんですけども、
そこの命令によって、
海原を統治しなさい。
海というのは、生命体が生まれてくる、
物質を産んでいくという、
産みなんですね。
そこに任命権として
スサノウが統治を与えられている。
宗教的にいうとモーセですね。
モーセに物質社会を統治しなさい、
神様は汝一人だと自覚しなさい。
ということで
一神教となって
物質科学を進めている
ということなんです。
物質社会は
スサノウの一族が統治する。
弱肉強食の中で勝ち抜いた一族が
世界を統治する。
これがまず起こること、
起こったあとに、
道徳社会、
天照大御神の下につく
関係性になるんですね。
世界救世教
地球上に於ける一切の
支配者こそは時の神様。
時こそ絶対の支配者である。
その役割を担っているのが
日本である。
魑魅魍魎の世界と金銀財宝の在処
コウジ【KOUJI】
自分の自我が大きいと、
どんどんそういう社会に入り込んでいって、
通用している時は、
自分も自負して頑張れるんですけども、
通用しなくなった社会から
一気に落とされるわけですね。
落とされた時にはですね、
自分はそういう生活の方に戻れない。
苦しいんですね。
自分の資産だったり、
自分の積み上げてきた経験値だったり、
いろんなものを抱え込んで、
守る方に入るわけですね。
下から追いかけてくる奴にですね、
追われる立場になるわけですよ。
どうしたらここから抜け出せるだろうかと
思った時には、すでに時遅し、と。
いろいろ頑張ってきて、
お金を貯めてきて、
高級マンションとかね、
高級バッグとか、
いろいろ物とかを集めてきたけども、
最終的に心の苦しさってものは、
どうやって解決したらいいのかが
わからない。
これがですね、所謂あの~物、
物質の方には、
人間の心を幸せにする方法は
ないんですよ。
自分の心をコントロールするには、
自分の心の方にしか、
判断力っていうものはないんですよ。
だから、
自分の自我とは何かというもの、
心とは何かというものを
しっかりと考えた上でわきまえる。
自分の身の丈というね、
ものに落ち着いてやっていくことが
必要なんです。
これが現代の社会に、
一番必要なんですけども、
やっぱりこういう声は届きにくいんですよ。
喉が渇いたなと言えば、
ポッとここにお茶がある。
このありがたみってすごいわけですよ。
お金を稼がなきゃいけない。
今度はお金を守らなきゃいけない。
こういう執着を
全部ばっと手放してしまったらですね、
自分の我というのは、
極端に小さくなるわけですよ。
小さいということは、
自分に降りかかってくるものが、
何もかもありがたいという境地ですから、
何も感じないんですよ。
お前だめだ!
と言ったら
相手も
お前だめだ!
と。
そこどけそこどけって
いうふうにやってったら、
同じように、
お前がどけよ!
と、
というような社会を造ってしまうんです。
どうぞという社会を作ると
あなたこそどうぞの世界になるんですよ。
これは今のプライドを持っている人達は、
絶対に気づかないんですよ。
優秀であればあるほど
それに気づかないんですよ。
自分の自我が優先されることのほうが、
絶対優秀な社会をつくれる
と思っている
勘違いの社会なんですけども、
これを逆転させるんですよ。
これが世界を引っ繰り返すことの
意味の内容につながってくるんですけども、
今ね、
社会というのは、
みんな正しい正しいってやってきたんですね、
優秀な政策、
優秀な考え方、
優秀な技術、
これをつかって
優秀な方へやっていこうよって、
やってきた今この世界が
一番悲惨である
っていうことに
気づかないといけないわけですね。
本物の世界平和は、
メシア王国の到来によって
初めてもたらされるのです。
メシア王国が誕生しないなら、
世界は壊れたままです。

















































































































