俺は12歳…つまり、小学校を卒業するまで、ある小さな小さな島に住んでいた。
そこは、産業と言えば漁業と採石場くらいしかない人口500人に満たない小さな島だった。
500人の人間と20人足らずのカッパ。うまく共存できていたんだと思う。俺たちカッパも島の小学校に行けていたくらいだから。
しかし、ある日親父が
「ここにもういることは出来ない。」
と言って、それから3日後内地と呼ばれている場所に引っ越した。
それは、ちょうど6年生のときの夏休み中だった。
友達たちと別れるのがつらく、毎日毎日一緒に遊んでいたけど、結局言い出せないまま島を出た。
そして、それからほどなくして島は突如の津波によって何もかも飲み込まれてしまった。そこに住む人々も全滅した。
親父はそうなることを知っていたんだと思う。小さな島をひとつ無くしてしまうことは、俺たちカッパにとってたやすいことだから。ネジを少しゆるめるだけでジエンドだ。
実は、その島に今来ている。
俺は、カッパの最高会議の長老たちの逆鱗に触れてしまったのだ。
ケイとのことがばれてしまったから。
ケイは、人間とカッパを結びつけている唯一の存在。それも三角形の底辺に人間とカッパがいて、頂点にケイがいるような構図だ。
そして、ややこしいのがケイが頂点にいるのではなく、頂点に存在する絶対的なもの結びついているのが、唯一ケイであるということだ。そのケイに、俺たちカッパや、もしくは人間の誰かがケイとが、その頂点に君臨する絶対的な存在の意思に背いた結びつきを行うと、カッパもしくが人間全体が滅亡に追いやられるらしい。そのずっとずっと手前の行為をしてしまったカッパが昔いて、それが原因で、現在のような影の存在としてのカッパの立ち位置があるとのことだ。さらには、その行為をしたのが、俺の親父だ。親子二代に渡って、カッパの存亡の危機に陥れたらしい俺は、長老会議によって監禁を命じられ、蓮島の独房に入れられた。
そこは、陽の全く入らないカビ臭い土壁の独房で、出入り口は土で塗り固められ食事も与えられることなく、そのまま朽ちて死んでいくしかないような場所だった。そこには、すでに白骨化した死体が一体横たわっている。俺の親父の骨だ。親父は、カッパの存亡の危機を救うために自らここを掘って、からだを横たえ、その絶対的な存在に身をささげていったらしい。なんでも、そこはその絶対的な存在に繋がっている丘で、その脈流に乗って魂を捧げるそうだ。つまり、俺にもそうしろということだ。そうすることしか、かっぱの滅亡は防げないと。
全くばかげている。ばかげているけど、出口を塞がれた俺に出来ることは何もない。そのまま朽ちていくのを待つばかりだ。
どれくらいの時が流れたのだろう…。陽の全く入らないそこに時間というものはない。ただ、猛烈な飢えと渇きが俺から生きる気力をどんどん削いでいくのを、もはや抵抗することなく客観的にただ現実として受け止められるようになってかなりの時間がたったころだ。
いきなり出口の土壁が崩れ落ちた。
まず目に入ったのは、あまりに明るい星空だ。月は出ていない。
「全くばかげている。」
星明りのもと、いっそう青白い顔のケイが、般若の形相でそこに立っていた。
俺たちははじめて抱き合った。
「ここを出て。」
新月の夜だった。闇夜にまぎれて、俺は海に入った。
そして、誰もいなくなったこの島に戻ってきた。
そう、やっと戻ってきたのだ。