蓮島を俺たちが定期的に訪れているのは、この地球のバランスを保つためだ。蓮島の防空壕跡から入り、祭壇でカモフラージュされた入り口を抜け、細いトンネルをひたすら下ったところに、エリアCと呼ばれている場所がある。エリアCは、直径10メートルほどのきれいなドーム状をしている。誰かが作ったのか、それとも自然の造形物なのか今となっては誰も分からない。そのドームの壁面には、北半球の立体地図が土と顔料によって形成されている。多分、数百年いやそれ以上の年月を経ているものだろうが、地中の奥深い場所という条件の中、驚くべき良好な状態を保たれいる。その立体地図の変化を1ヶ月に1度、俺たちは確認しに行く。
 立体地図は、その姿を微妙に変化させる。顔料がはがれていたり、盛られていた土が崩れていたり…。その崩れ方によって、俺たちは指令を出す。
「○○地区を破壊レベル12で実行」といった具合に。
 さらなる説明をすると、まず破壊レベルは最高値が100だ。ちなみに原爆が77、スマトラ沖の地震が39。そして、その指令を受けた仲間たちは、代々伝わる秘法を使い、指定された地区を破壊していく。その方法については、話せる時期が来れば話す。ただ、その秘法は、戦争を起こすことも出来るし、天災地変を自由自在に操れる。
 つまり、この立体地図の変化が、地球上の大きな災害と直結しているのだ。そして蓮島は、北半球を担当している。また南米のある島には、南半球の災害と直結する立体地図がある。
 信じる、信じないは自由だ。しかし、俺たちの任務はそんなところだ。破壊する行為が正しいことかどうかは疑問を持つことはない。正しいかどうかなんて気にする必要がないからだ。俺たちがやらなければ、誰か他がするだけのこと。壁面の立体地図に俺の考えが及ぶことはない。つまり、意志を持っているのは俺たちではなく、あの場所のあの立体地図なのだ。
 だけど、気になったり、心を痛めることはある。まずひとつに、最近、立体地図の姿の変化スピードがあまりに速い。その度に、変化具合を解析して指令を出すわけだが、5年ほど前まではなかった1度の来島で複数箇所の解析を頻繁に経験するようになった。つまり、災害の数が加速するように増えているということだ。
 二つ目は、結果的に人間の死に携わってしまうことがつらい。さっき、任務の正義に対して疑問を持つことはないと言ったが、あれは自分に対する言い訳のような気もする。災害によって死んでしまう人間たちの生命を経つべく、スィッチを押しているのは俺たちなのだ。
 そして、3つ目。俺の弟の住む地区の破壊指令を出さなくてはいけない可能性が出てきたことだ。そのエリアの顔料が今にも剥がれ墜ちそうになっている。そっと息を吹きかけてあげるだけで、はらはらといってしまいそうなのだ。弟には、そのことを知らせた。弟は、ひとしきり泣いた後、こう言った。
「やっぱり僕はイヤだ。やっと友達が出来たんだよ、人間の。」
 俺たちは、かっぱだ。かっぱと言えども、頭に皿はなく姿形は人間そのものだ。古くは、かっぱと人間は共存していた。かっぱを追いやったのは、人間たちだ。ただ、地球を破壊するのは、その復讐のためではない。何度も言うが、場所やレベルを決めるのは、あの空間だ。あくまで、俺たちは中立だ。
 ただ、中立であっても、どちらかに振れることはある。
 その原因は、弟のことであり、ケイのことでもある。
 俺に出来るのは…考え抜くことだけだ。