午後8時を過ぎた頃、彼は帰りの駅に着いた。
雨が降っていたので傘をさし、そそくさと自転車置き場に向かう。
そこで彼は自分の自転車が横倒しになっているのを目撃した。
彼はまず、他の自転車のペダルやハンドルが絡まっていないかを確かめた。
絡まっていると、知恵の輪のようになった自転車同士が離れず、泣きそうになった経験があったからだ。
幸いそうはなっておらず、彼は少しほっとした。
左手に傘と鞄を持ったまま、右手でハンドルを持ち、一気に自転車を立てた。
そうして、彼は自転車にまたがり、ペダルに足をかけたが踏みごたえが全くなかった。
チェーンが外れているのだ。
彼は自転車を降りて、ペダルのあたりにかがみこんだ。
前と後ろのチェーンが外れていた。
彼は作業に取りかかった。
こういう時は前から直さなければならない。
雨は降り続いていたが、傘はサドルと肩で支えており、体に雨はあたらなかった。
しかし、雨に当たる手は冷たくなっていった。
あたりは暗く、チェーンは思うように直らなかった。
彼は少しあせり始めた。
なぜなら、途中で買った豚饅が冷えてしまうから。
あせりは失敗を呼ぶ。
いつもは、簡単にはまるチェーンが、今日は何度やってもうまく直らなかった。
それでも、ようやく前のチェーンを直し終え、後ろのチェーンに取りかかった。
後ろのチェーンはすぐに直った。
彼の両手は油まみれだった。
しかし、そんなことよりも、豚饅が電子レンジで温め直さなくてもよい温もりを保っているかどうかが、彼には一番の気がかりだった。
電子レンジの加熱で、豚饅の皮が硬くなるのが嫌いなのだ。
彼は豚饅に触れてみたい気持ちにかられたが、油まみれの手で鞄の中をまさぐるわけにもいかない。