昨日、天理教の教会長に就任した父の手伝いを終え

名古屋から千葉に帰って来た。

その帰りの途中、

名古屋駅に立ち寄り

その地に住む友人とコーヒーを飲むために待ち合わせていた。

するとその時に、7月までの短期プロジェクトで世話になっていた

プロジェクトリーダーのKさんから電話があった。

K「Uくんさっ、今日東京帰るんだよね?」

U「はい、夜10時頃に東京に着く予定ですけど…」

K「あぁっそ。(←Kさんの口癖 笑)今日の22時以降ならM社長時間あるっていうから電話してみてよ。一昨日話したあれの件でさ。もしかしたらUくんにホームページ製作の仕事振れるかもしれないから。人生相談も兼ねて話してきなよ。」

U「そうですか、わざわざありがとうございます。」

K「じゃ、よろしく。オレ今から京都だからさ。」


そんなことがありM社長に電話をして、

22時に東京駅・日本橋口のスタバで待ち合わせた。


さて、M社長とはどんな人かというと、これがまたスゴイ人である。

彼は京都の資産家の息子として生まれた。

中学を卒業後、家の方針で200万持たされて浮浪者生活を始めた。

その期間実に7年間!!

ただ、浮浪者にも3種類ある。

  1.とことん堕ちていってしまう人

  2.少ないながらも(空き缶、ダンボール回収などで)収入を得る人

  3.浮浪者生活の中で様々なスキルを身に付けて再起を図る人

M社長はまさしく“3番目”の該当していた。

浮浪者生活をしていく中で様々な人との出会いがあり、多くの人脈と生きていく術を身に付けていったのだ。

もちろん警察に補導されたことなど数え切れないほどあった。

M社長は当時親からの「仮に補導しても家に返さないでくれ。家の方針で家出させている。」との同意書を携帯していた。

警察も職務なので、その度にM社長の実家に通報するのだが、同意書と同じ回答をされたらしい。




7年後、M社長はどうなったのかというと…

大道芸で稼いだ2000万円を持ってヨーロッパから帰って来たのだ。

どこでどう海外に出たのかは不明だが…(謎)


それを元手に会社を起こして、今では5つの会社を経営している。

1つ目の会社は

浮浪者時代に声を掛けてきたとある経営者である。

その彼から

「うちの会社の1システムを担当してくれないか?」

との依頼であった。

そしてM社長はその会社の店舗運営の一角を担う

委託業務を手がけたのである。

その声を掛けてきた彼こそ、現・アイフルの会長である。


人との出会いとは本当に判らないものである。

しかし、こういった出会いがあるから辛いことがあっても

人生は楽しいと思えるのだろう。



およそ1時間半の話の中で、

M社長から仕事の依頼を受けた。

今までしてきた仕事の中では明らかに一番収益性の高い仕事である。

今後の生活を立てる直すことができそうだ。

勿論、バイトをする必要性もなく家計を助けることができるだろう。

一筋の光明が差し掛けてきた。

とても意味のある1日だった。


今後また、M社長のことを詳しく紹介していきたいと思う。