26年前に38才という若さで短い生涯を閉じられてしまった本田美奈子さんという歌手がいました。
41年前の1985年に本田美奈子さんは殺意のバカンスで歌手デビューしました。
翌年の1986年に1986年のマリリンは昭和世代の人なら知っている代表的な曲かもしれません。
私が高校1年の頃に何がきっかけだったか覚えてませんが本田美奈子さんの曲を聴くようになりました。
曲も素晴らしさもありますが本田美奈子さんの可憐さとちょっとアンバランスな大人っぽさに憧れました。
レコードを買い揃えましたが武道館のコンサートのビデオはレンタルビデオ店で何度も借りてみました。
アイドルだった美奈子さんも路線変更してバンド活動をしたりするようになりました。
結婚して子供が産まれ多忙な日々を送るうちに美奈子さんから離れた時期もありました。
しかし何がきっかけだったか覚えてませんが再び美奈子さんの曲を聴くようになりました。
紆余曲折を経て美奈子さんはクラッシックを歌うようになりました。
アイドル時代も歌唱力は優れてましたがクラッシックに転向してからの歌声はさらに磨きがかかり心を揺さぶられました。
ファンクラブにも入りました。
毎月届く会報を楽しんで読んでました。
アルバムAVE MARIAも素晴らしかったですがアルバム時も素晴らしかったです。
時を購入したら特典で銀座の山野楽器でのストアライブに招待されました。
美奈子さんは何曲か歌いあげるとこれで終わりかと思ったらなんと握手会があるということでめちゃくちゃ驚きました。
私の番がきてついに美奈子さんと初対面でした。
美奈子さんがアルバムどうでしたか?と話しかけてくれましたがもう緊張して何を話したか覚えてないくらいでした。
美奈子さんの細くも暖かい手の温もりは一生忘れないでしょう。
まだ小学生だった娘が一緒で娘が走っていこうとすると走っちゃ危ないよと優しく声をかけてくださいました。
美奈子さんは本当に儚げで美しい方でした。
お会いできてよかったと思いました。
しかしそれから1週間か10日すぎた頃、病に倒れて入院した時は驚きました。
2025年1月でした。
急性骨髄性白血病になった美奈子さんは臍帯血移植を受け一時退院しましたが再び病状が悪化して入院し抗癌剤治療を受けてました。
しかし治療の甲斐もなくその年の11月に38才という短い生涯を閉じられました。
私は悲しみくれました。
何年かは美奈子さんの曲が聴けなくなりました。
美奈子さんの死後何年かして曲を聴けるようになりました。
アイドル時代の曲も好きですがやはりアメージンググレイスなどのクラッシック曲に強く惹かれます。
美奈子さんの最後となってしまった時は何度聴いても目頭が暑くなります。
東武東上線の朝霞駅前には美奈子さんのモニュメントがあります。
朝霞市駅からちょっと離れたとこには本田美奈子.記念館があります。
記念館は日にち限定の開館で開館日をウェブサイトでチェックしてぜひ行ってみたいです。
本田美奈子という人はいや私は人ではないと思ってます。
天から遣わされた存在で天使とよく言われますが私は美奈子さんは神だと思います。
美奈子さんのモニュメントと記念館を訪れたらまたブログにてレポします。
美奈子さんは亡くなった母と別の意味で大切な存在です。