G7広島サミットの映像にくぎ付けになった週末。
広島で、G7各国首脳とゼレンスキー大統領が小さな丸テーブルを囲み、ひざを突き合わせて話をしている映像は
歴史の教科書に載るレベルの光景であった。
一方で虚しさも感じる。
核にまつわる理想と現実はきっとこの先も平行線のままであり
世界は深く分断され、恐ろしいウエポンが開発されるのだろう。
映像で見たものはもしかして、ドラマかな・・
現実は、すでに侵攻から2回目の春が過ぎようとしている。
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春から夏へ
季節の移ろいは自然が教えてくれる
山アジサイが色付いた。
この山アジサイは、最初は赤だったはず。
土を変えてないから、酸性になってるのかな?
明るい所の方が色が映えるけど
山アジサイは木漏れ日に咲くイメージなのでそのまま撮ってみた(↓)
そして、この時期の大好物!
魚屋さんでちょうどいい大きさ、こだわりの10センチの小アジを見つけると必ず買ってくる。南蛮漬けにして、食べてはもうすぐ夏だなって思う。
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先週の朝日新聞「折々のことば」がとても刺さったので、もとの本を購入して読んでみた。
アフリカのサバンナで暮らす無文字文化のモシ族には「音楽」という言葉がない。
音にまつわる言葉としては「コエガ」と「ブーレ」がある。
彼らはサバンナの暮らしで聞こえる様々な音、動物の鳴き声、人間の声の歌、太鼓・・などから、メッセージとそうでないものを聞き分ける。
「太鼓ことば」があり、祭りや儀式などでメッセージとして聞こえるものは「コエガ」で、なんだかわからない音は「ブーレ」
動物の鳴き声は、普段は「ブーレ」だけど、人が来たことを知らせるための鳴き声は「コエガ」になる。
西洋音楽を聞いてもらったら、モーツアルトであろうがバッハであろうが、ピアノであろうがバイオリンであろうが、これまで西洋音楽を聴いたことのない彼らにとっては「ブーレ」だったそうだ。
楽器であろうが動物の鳴き声であろうが「コエガ」か「ブーレ」でわけるところがおもしろい。
生活環境が見方や考え方に影響することや、「言葉」が持つ「意味」の曖昧さを改めて考えさせられた。
この本は作曲家の武満氏と文化人類学者の川田氏の往復書簡。
川田氏のサバンナで生きるモシ族の話から武満氏のクラシック音楽や文化に関する返信も興味深い。
機会があったら書こうと思う。