お隣さんのクロガネモチの枝が大きく我が家の敷地に垂れこめてきた。
赤い実を食べに鳥たちが集まってくる風景は悪くないし、
何か被害を被っているわけでもない。だけど、
フェンスをまたいでこちらの敷地に枝を伸ばしてくると気になってしまう。

お隣さんは切る様子がないので、しびれを切らし、
「植木屋さんが入るときに、うちに伸びている分だけ切っていいですか?」
と聞くと
「いいわよ、どんどん切っちゃって。なんなら上の方も。
これは私たちが植えたわけではなくて、鳥たちがどこからか種を運んできて育っちゃったのよ。」
と言われる。
その割には、フェンスに沿ってきれいに3本並んでいるのだが、生育旺盛な木なのでそういうこともあるかもしれない。
ちょっと腑に落ちないけど、ご近所さんとは穏やかにお付き合いをしたいし、
結局こんな会話を毎回して我が家で切っている。

もしフェンスで仕切られていなかったら、もっと大らかな気持ちになれるのかな。

国と国との境界線、国境には一触即発の危険な場所がある。
その中でも「世界の火薬庫」と呼ばれるインドとパキスタンの国境。
その検問所で毎日行われるパフォーマンス(イベント?)がすごい。
もともとは両国が夕刻に国旗を降ろす「降納式」だったそうだが、
お互い派手な式典を張り合ううちに、
両国の兵士が勇ましいダンスのパフォーマンスを競い合い、
それを大勢の観客が自国の兵士を応援するという、コンサートなみのイベントになっているそうだ。

両国民が相手が同じ人間だということを認識できて、一種のガス抜きの効果があるとか。
映像を見ていると、仲が良いのか悪いのかわからなくなって混乱する。
これで憎しみを応援に変えられるのなら世界中でやってほしいな。

目に見えない境界線もある。
私が中高時代の社会の先生はとてもユニークな先生で
「クラスからグループが無くなると、世界が平和になる」
とよく言われていた。
クラスからグループが無くなるとクラスが平和になり、クラスが平和になると、学校が平和になり、そして日本が平和になり・・ということらしい。
同じ趣味の人同士で集まって話してもいいじゃない、と反発したこともあったが、
なるべく毎日クラスの人全員と一言でもいいから話すようにと言われ続けていたせいか、グループに抵抗を感じるようになった。
グループにいると言いたいことが言えない状況があるかもしれない。
目に見えない境界線だからグループの中と外からでは見えるものが違うことに気がつかない可能性もある。
それが最悪の場合いじめにつながる。
そんなことを気づかせてくれる先生だったな。

でも人間の感情って複雑だからなかなか一筋縄ではいかないものだ。
境界線をめぐる問題はいろいろあるけど、
解決までいかなくても最善の道を探っていくしかないのかな。

チェロの音って、そんな複雑な感情を持った人間の体温を感じる。
一番親しみがあるのはピアノだけど、
一番好きな音はチェロ。チェロの音って体へすっと浸透してくるようだ。

遅ればせながら、昨日2CELLOSが活動を休止することを知った。
11月の武道館が2CELLOSとしての最後の来日になるらしい。寂しいな。
彼らはクロアチア出身。歴史に翻弄されて悲しい体験もあったであろう。

Hauser一人での「Now We Are Free」を聴いた。
撮影場所はクロアチアの飛び地であるドゥブロヴニク。
ユーゴスラビアが崩壊した時、包囲されて攻撃をうけ多くの犠牲者を出した場所。
包囲された町の人々の悲しみや恐怖は計り知れない。
すっかり復元された町を見ながら彼は何を思って弾いているのかな。
私にはチェロが平和と愛を歌っているように聴こえてくる。