不登校から教師になった愛羅です。
今回は
友達の意味と大切さ
を考えてみたいです。
私は小中と本当の友達はできませんでした。
むしろ友達だと信じていた人達に裏切られたことがほとんどです。
中学になると友達=利用すればいい、とまで心が荒んでいました。
高校で、ジャイアン的に言う「心の友」
と出会うことができ
不登校じゃなくなるキッカケを作ってもらいました。
母はよく
「学生時代の友達は一生の友達になる可能性が高い」
と言ってました。
それは
苦楽を共にするから真の友情が芽生える
という意味のようです。
たしかに、私の最初の心友は
私がピンチの時に必ず味方で助けてくれました。
たとえ友達自身が不利になろうとも
友達の親に「あんたまで印象が悪くなったら困るから味方なんてするな!」と言われてもです。
今そのコは結婚して遠くに住んでいるので
中々会えないけど、たまに連絡を取り合ってる
大切な心友です。
いつも一緒にいるだけが友達ではなく
困った時に助けてくれたり
時には厳しい指摘もしてくれる人が
本当の友達ではないでしょうか。
私には有難いことに心友が数人います。
その中に高校時代の同級生で
価値観が違う時もあるけど
大切な人がいます。
その心友とは、お互いに
人それぞれ考え方が違うもの。
求められればアドバイスはするけど、
決めるのは本人
という考えで分かり合えているので
心地よい関係です。
その人は、自由奔放だけど可愛くて、前向きで向上心がつよい頑張り屋さんで、人気者です。
とても交友関係が広い人なのですが
「人と会うと世界が広がる。
誰かに1回会う度に、なにか1つ学ぶことがある。
だから今いる人を大切にしたい」
と言ってました。
しみじみ良い友達をもったなと思いました。
一方で、友達を断捨離したという人もいます。
あまり連絡をとらない人を整理したそうです。
まず「断捨離」って人に対して言うことなのかな?と疑問に感じました。
コトバンクを引用すると
「断捨離とは、モノへの執着を捨て不要なモノを減らすことにより、生活の質の向上・心の平穏・運気向上などを得ようとする考え方」
裏切られたとか、一緒にいると良くない影響があるとか
修復不可能な喧嘩をしたのならば分かりますが…
連絡とらない友達=不要なモノ
という考え方の人なんだと知り、とても悲しい気持ちになりました。
たとえば
仲が良くても連絡頻度が減ることはあります。
特に女性は結婚して遠くに引っ越したり
子育てが忙しかったり
そういう時は心の距離も離れてしまうこともあるでしょう。
でも、敢えて大切に培ってきた友情を
その友達を切るという考えは
私は共感できませんでした。
それこそ考え方は人それぞれですが
いつか自分も断捨離されるのかな?と怖くなりました
ところで
大人になってつくづく感じるのは
本当の友達を作るのって難しいです。
大人なんだから自分で考えれば?とか
めんどくさいから距離を置くという話もよく聞きます。
それはそれで、その人なりの価値観なので
私がとやかく言うことではないのですが
ちょっと寂しくも感じます。
さて
学校生活以外で友達を作るとしたら
趣味の集まりでしょうか
ひとつのことに取り組む時に助け合ったり
喜びや大変なことも話せたりする可能性もあります。
私は不登校時代に趣味の友達がいて息抜きができました

その人達が自由に生きている姿に刺激を受けました。
いま本当の友達がいない…と思う人は
違う場所に行ってみるのもいいかもしれませんね。
友達は良くも悪くも影響力が大きいです。
友達から得ることもたくさんあります。
良き友達を選んでくださいね
以前にも書きましたが
世界を広げる=視野が広くなる
新たな自分や
自分の居場所を見つけることができます
その一番の方法は
いろいろな人と会うこと
だと私はおもいますが
もし家にこもっている場合は
ネットでも本でもいいから
いまとは違う世界があることを知り
自分の可能性を広げることが大切
ではないでしょうか。
このブログで一番伝えたい想いは
不登校でも
どこかに必ずあなたの居場所はある!
です。
だから今は辛くとも
視野を広げて、可能性を見つけて欲しい
のです。
これからも
あなたらしく生きる道が見つかることを願って
なにかのキッカケになれることを願って
試行錯誤しながら、このブログを書いみます