お説教オバサン、、 | けいのブログ

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リウマチを薬を使わないで治そうとしてます。気功、ヒーリングは体調改善にいい感じです。
子育て、夫婦、仲間、いろんな関係から自分の心クセに寄り添う日々。
ふと浮かんだ言葉をブログに綴ります、
よろしくお願いいたします

歳を重ねていくうちに自分なりの人生格言が


前提をもとに固まっていく


固定化された観念が自分の視野を狭くさせてく



口うるさい子ども。は存在しない


口うるさい大人。からの影響があったりはする


思考がカチンカチンに凝り固まると視野狭窄から


ものの考え方も柔軟性が伴わなくなってしまう



自分が持っている前提に沿って人生に厳しいと感じて


生きてきた人は、他人にもこう諭すんだ


『そんな考えは甘い!』『やっていけないぞ!』



その人が観ている世界と諭す人が観ている世界は


同一じゃないことに気づけてない


同じ時代、同じ価値観、同じものを感じてるはずと


信じて疑わないんだ



話が噛み合わない!と憤る前に


何を知らしめたがってる自分がいるのか?


自己満に浸って示したい欲求が暴れてない?


自分の言うことに尊敬の目で称賛求めてない?


ベクトルは相手に向けた見せかけ。の自分都合で


話していない?




不安が強いほど。苦難を歩んできたほど。


厳しい未来予知を予測するばかり


未来が自分が予測するものにちがいない!と


絶対的な自信があって説教をしたがる



やられたり言われたりしてうんざりだったはず


なのに。。いつの間にか自分がそれやってる


お説教オバサン化してる。。



自分が感じてる不安予測で周りにメガホン取って


『こうなるに決まってる!大変になる!』


それ、『いりませんからーー!』



受け止めてくれそうな優しい人、歳の下の人に


やろうとする思考、やめよやめよ



みな、それぞれのプランに沿って生きてる



勝手に自分の不安ぶつけて大騒ぎしなくていいんだ


満たされてない何かの感覚持っている自分に


気づいて、ケアしていけばいいの



誰かの役にたちたがる、そのココロはなんだろう?


自分の声を拾っていくの



求められてもいないのに、


請われてもいないのに、



自分なりの正解。がある程度掴めると


《人生とはかくありき!》と言わんばかりに


とくとくと語りたがる、、若いもん捕まえて


《オレ(ワタシ)の若い頃は~》とやりたがる




いやいや、それ、いらんねん


いやいや、それ、あなたの感想ですよ、ね



おせっかい。お説教。でしゃばり。


頼まれた時に、頼まれた事を淡々とするくらいで


ええやんか



いらんこと、すな!と自分のおせっかい心を


静止させよ



人間関係を拗らせたりする要因は距離感のバグだね



生きてきた背景も概念もまったく土台が違う


とくとくと語り始めても沁みない


熱く語っても入ってこない


同世代。だとしても体感としては理解は望めない



『ここに座って話聞きなさい!』と始めるあれ、


聞いてなさそうな態度に怒るシーンの設定あるある


あれこそ、自己満そのものじゃんか!笑


大人都合の自己満にで怒られるなんて、理不尽!



気づけば、無自覚にやっていたかもな?、、


自分の世界を聞いて欲しくって




人は相手が自分の感性に近いと嬉しいと思うもの


でも。共感して欲しくて行為の強要している自分の


愚かさを案外気づけてない



なぜか熱を込めた語りで説き伏せたがる


近い人に求めてしまいがち、でも


同じ趣味趣向の理解し合える仲間うちにすればいい



お説教オバサン。だと思われる行動


わざわざ口を挟みたくなる心をしずませて見つめる



距離も離れすぎもどうだろ?けど


素っ気ないくらいで、ちょうどいいんじゃない?♪