哀しみが溶け出してきて、溢れてきても
嫌わないで、ただ、そんな気持ちにある自分を
認めて受け入れていく、、
これまではそれを《なかったように》見ないように
生きてしまっていたから
だからこそ、沸いてきた今こそが放つタイミング
自分がいよいよそれを受け止められるほどの
視点と、許容量を持てるようになったんだろう、、
私(たち)は、ついつい喜びや楽しみばかりを歓迎し
悲しみや怒りを打ち消して見ないようなふりをする
それをすればするほどに、自分から放出される
エネルギーは留まってやがて澱んで溜まっていく
『怒ったらいけない!』『泣いてはダメ』
気持ちが動いたことを否定する行為を日常的に
取り込んでしまうと、心を動かすことさえも
次第に少なくなるようにすることで
感情をころす=心を揺らさない人型ロボットみたいな
無感動に向かうことでキズつく事象から自分を
キズつけないように守ろう!としてしまう
本当は感情にいいも悪いもない、のにね
ただ、沸いてきたんだね。と受け入れることを
拒絶する心のクセができてしまっていただけ
人とエネルギーの刺激があるとき、
自分の中で眠らせてきた様々なざわつく感情が
呼び起こされては、平穏無事を望む思考を
戸惑わせて悩ませてきた、けれども
この感情こそ、必要なくなって自分が解放する
タイミングがやってきたから再び沸いてきたんだ
『ありがとう。さようなら』
『今までお疲れさま、守ってくれてありがとう』
これまでは風潮として『飲み込め!』『耐えろ!』
自分が感じたものを全肯定することができなかった
けれども、、
この日まで、自分のうちにあって、やっと解き放つ
タイミングがやってきたそれらを今ねぎらいと共に
解放してゆく
この感情は良くて。この感情はダメ!と
決めつけてきた心のクセを変えていく。。
禁止してきた古い価値観を捨てていく
日々を生まれ変わりながら軽く軽くなっていく
ダメ!と決めつけてきたその心からやっと
自分を解き放っていくんだ
ときにはびっくりするくらい拗ねた感情にも
出会うことが出てくる、けれども
そんなすべてを自分をいとおしく抱き締めて
あげるんだ。。。