ただ、仲良くしたかったんだよね、、
ただ、いちばん近い相手になりたかったんだよね、、
ただ、わかり合いたかったんだよね、、
ただ、ずっと側にいたかったんだよね、、
ただ、素直にうまく言えなかったんだよね、、
ただ、拗ねた態度を向けちゃったんだよね、、
ただ、よしよしされたかったんだよね、、
ただ、勢いで思わず相手に刃むけちゃった、、
ただ、悲しかった、、
ただ、寂しかった、、
目の前のその人(親、パートナー、子ども、仲間)
そして、何より自分に対して
《ごめんね》したかったんだよね
人間にはどんなに自分がキズつけないように
気を配っていたとしても、
他人の地雷は見えないから知らない所でキズ与えてる
それは、誰が悪いとか言えないんだ
しっかりしようとしていても、他人基準では
まったくそれを認められることはなく
がっかりしたときもあるだろう。。
自分が決めた基準じゃないものに合わせてきて
反発するココロで不満ためてきたろう
ルール、マナー、概念、すでに制限だらけに映る
世界からの《自分を表現するゲーム》
自分が言えないでもたついてると他人基準が横行する
そんな時こそ、他人基準でいた自分に気づいて
やめていくんだ
相手を思いやりの心でもってしたことでさえも
いらないお節介になってしまうこともあるんだ
誰かの基準、評価にずっと振り回されてきたのは
その概念が当たり前だと自分が採用してきたから
大多数というあいまいな世界の基準を
自分にあてはめてきたから
自分は自分が感じるものだけ基準に採用する
それをしていこう
これからは。。