敬老の日は 

723年の今日、聖徳太子が四天王寺に、

貧しい人や病人、孤児などを救済する

悲田院(ひでんいん)を

設立した日とされていて、

それにちなんだもので 

制定されましが



うっかり敬老の日だからと 

プレゼントをもっていくと

気分を害される可能性もあります



敬老の心は良いけれど 

私はまだ敬老される側ではないと

思っている方もおられますから

ではいくつから?

敬老してよい人になるのだろう



「敬老の日」の法的定義は

「多年にわたり社会につくしてきた老人を

敬愛し、長寿を祝う日」ですから



社会で働き続けてきたことから

一線を退き年金が支給さされるようになった年と

とらえておくと いいです。



自分の都合で 私も

もう年だからと言ってみたり



そんな年寄り扱いしないでと言うのが 

人の感情の動きと思っておくことです。



だから行為が好意になるように

微秒な年齢の方には

敬老という

年齢ルールにそって考えるといいです



敬老の実践は 

若い人が高齢者を尊敬できるように

大人が子供を

慈しみ育てる生き方がいることも

忘れないでください



その大人の慈しみの心を

尊敬することが

敬老につながっていくのです



そして いついつまでも

元気で長生きしていてほしい



。。。愛羅。。。。