ーーーーーー
ーーーーーー
脱同性愛者たちの証言 デニス・ジャニガン(1)
http://www.maroon.dti.ne.jp/gokyo/diary2017/d-2017-02-24c.html
>>ジャニガンは結婚から数ヶ月後、父親と一緒に旅に出た。彼らは運転しながら過去を振り返り、多くの若者の魂に飢えた痛みを引き起こすものは何であるかについて語り合った。「お父さん、何故あなたはこれまで、私を愛していると言ったことがないのですか?」
>>父親は答えた。「私の父がそのようなことを決して私に言わなかったからだ。それで私は、そのようなことを君にどう言っていいのか分からなかった」
・陰謀論よりのブログである事、
・教理的におそらく違うんだろうな、とは思ったが、それでも↑の箇所だけ
・1900年代か、あるいはそれ以前を生きていた人はどうだったか
2020年代で50-80(=2000年くらいで30-60、1940-1970年生まれ)くらいの年代の人の思想は?
・人間全員の考え方自体は共通してるなら、
スパルタ式に適応、成功出来てしまっていた世代が一番大変なのに不公平に感じる部分が多い?
あるいは自分は直す必要はない、と思うようになるか?
ーーーーーー
親になって分かったけど、「子供への無償の愛」なんてものは存在しない
https://www.orehero.net/entry/%E7%84%A1%E5%84%9F%E3%81%AE%E6%84%9B
実は無償の愛を注いでいるのは…
そんな不完全な親である私だが、実は私のすぐそばに無償の愛の体現者が存在する。
子供自身である。
彼らはこんな不完全でどうしようもない親を絶対に見限ったりしない。どんな間違いを犯したとしても、すぐに許してくれる。必要としてくれる。そして、私たち親が成長する機会と時間を与えてくれるのだ。
ーーーーーー
↓ 戦後関係で自分が見たもので、これかな?と思ったもの
無責任一代男 1962年
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E8%B2%AC%E4%BB%BB%E4%B8%80%E4%BB%A3%E7%94%B7
>>ヒットの理由について青島は、「大人たちの不誠実さも反吐が出るほど見せられてきた戦後の若い世代には、この唄は我が意を得たとばかり受け入れられたに違いない」と分析している[1]。これ以降、植木はこの曲の「こつこつやる奴ぁ、ご苦労さん!」というフレーズと共に「無責任男」というイメージが定着することになる。
※
よく聞く共産党の革命活動は1955年以降に新左翼に移行?
安保の学生運動が1960年代中心
新左翼系が特に1972年以降
エーリック氏の人口爆弾論が1970年代、当時のエホバ預言が1975年、
ハル・リンゼイ氏の理論が出来るのが1970年、そのきっかけの中東戦争が1967年
この作品の時点では戦争批判で60年代以降に軽薄化の進行のような印象
右派思想の軽減あるいは死?で経済優先?
ーーーーーー
しらけ世代(2020年代だと冷笑呼びに変化? 1950年~1967年度生まれ、1954年~1962年度生まれなど諸説 )
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%97%E3%82%89%E3%81%91%E4%B8%96%E4%BB%A3
1960年代(昭和30年代後半~40年代前半)に活性化した日本の学生運動が鎮火したのちの、政治的に無関心な世代[1]。1980年代(昭和50年代後半)には、世相などに関心が薄く、何においても熱くなりきれずに興が冷めた傍観者のように振る舞う世代を指した[2][3][4]。また、真面目な行いをすることが格好悪いと反発する思春期の若者にも適用された。このことからノンポリ世代(ノンポリせだい)とも呼ばれる場合もある。
ーーーーーー
ネクラ(2010年代頃に陰キャ、陽キャ呼びに変化?)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%AF%E3%83%A9
この俗語は一部の芸人にとどまらず、歌手や俳優など多くの芸能人の間でも盛んに用いられたといい[10]、「冗談、ユーモア、洒落が分かるか否か」の意味であつかわれていた[10]。例えば冗談を発した者が相手からの評価が得られなかった際、逆に相手を「暗い性格!」とからかうのだった[10]。
(略)
なお、当時のタモリは毒舌家として鳴らしており、「これはシャレなんですから、怒ってはいけない」と断りを入れながら、特定の物事に対して挑発を続けるのが常套手段となっていた[20]。
やがて大衆の間に広まる過程で「表面的に明るいか暗いか」の意味のみで用いられるようになり[17]、さらに「(流行に)のれない」「ダサい」と同義、あるいは地方出身者を揶揄する言葉へと変化した[7]。こうした受容についてライターの近藤正高は「(タモリによるニューミュージック批判や、純文学批判が)若者を中心に暗いものはカッコ悪いという風潮を作り出すことに一役買ったことは間違いないだろう」と指摘している[17]。なお、一連の受容についてタモリは「暗いやつが明るいやつのように振る舞うのは見苦しくて悲惨もいいとこだ、暗いやつは暗いまんまで表現したほうが、かえって面白い場合があるんだと。でももう追っつかないですね[17][16]」と否定的に捉え、筑紫は「わりあい(人付き合いが)器用に見えて、下手な世代になっている」「表向きは付き合うけど、どこか自分を出せない。自分がネクラに見られたら大変だという強迫観念がある」と評した[16]。
いじめ問題への波及
→「校内暴力」および「いじめ」も参照
人や物の価値を「明暗」のみで判断する風潮は学校でのいじめ問題を通じてエスカレートした[21][22]。この時期は1970年代後半から1980年代前半にかけて中学校や高等学校で頻出していた教師への暴力事件(校内暴力)が教師側の対策や校則の厳格化などにより沈静化し[23]、それに代わって友人や生徒間での内向きな暴力や悪ふざけが急増した[21]。その矛先は、おとなしい生徒や下級生、果ては浮浪者といった弱者へも向けられた[24]。1984年から1985年にかけて日本国内の教育現場では、いじめを苦に生徒が自殺する事件が多発したが、1986年2月には東京都内の中学生が教師も加わった悪ふざけの末に自殺する事件(中野富士見中学いじめ自殺事件)が発生し社会問題化した[25][26]。
生徒間では「ノリの良さ」「ひょうきんさ」「不真面目さ」などが重要視され[21][27]、集団になじめず同調性の低い生徒は「ネクラ」[28]、教師への密告者は「チクリ」[27]、真面目で物事に熱心に取り組む生徒は「ガリ勉」「マジ」[27]などの烙印が押され、からかいや軽蔑、排斥の対象となった[22][27]。からかいや暴力行為は、学級委員や徒競走の選手への故意の選出、プロレスごっこなど様々な形を借りて行われるもので、一見すると遊びの延長線上にある行為のように見える[29]。そのため、からかう側の生徒は教師から現場を押さえられ咎めを受けても判を押したかのように「ふざけてやっているだけ」と、うそぶくのだった[29]。
こうした傾向は1980年代にビートたけし、タモリ、島田紳助らが毒舌ぶりでメディアを賑わし[20]、子供向けのお笑い番組では老人や女性などの弱者、容姿の劣る者を攻撃する内容が常態化[30]、フジテレビジョンが「軽チャー路線」を掲げるなどの動きと軌を一にするものであり[21][31]、当時は大人から子供まで「パロディとナンセンスがわからない者は論外」といった扱いを受けていた[31]。
※ 追記
個人的に思ったのは、フジテレビの事件の時に名前が挙がった日枝氏は1937年生まれで、
1946年~1948年の預金封鎖の記憶などは関係あるかないか?
ーーーーーー
やらはた
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%84%E3%82%89%E3%81%AF%E3%81%9F
やらはたとは、日本社会における性的観念のひとつ。「童貞や処女でいてもいい年齢」の表現で、「やらずにハタチ」(性行為の経験が一度もないまま二十歳になった)の略である。
同様の言葉で、「やらみそ」、「やらよそ」という言葉もある。これらは、「やらずに三十路」(性行為の経験が一度もないまま三十路の年齢になった)、「やらずに四十路」(性行為の経験が一度もないまま四十路の年齢になった)の略である。
言葉としての初出は1982年(昭和57年)の「月刊プレイボーイ8月号」であったが、広く一般に定着したのは『メンズノンノ』1990年2月号に掲載された「"20歳の童貞って恥ずかしい"というテーマを深く考え」という特集が組まれた1990年代ごろからと見られている[1]。
童貞喪失年齢に関する言及は、1970年代以降から「早ければ早いほど良い」という風潮で行われており、漫画家のはらたいらは1974年の『プレイボーイ』にて「キミがもし童貞なら1日も早く捨てちまうことだ」と述べている[2]。こうした童貞喪失や処女喪失の「せかし」は1980年代にはいると、具体的年齢を伴って強迫観念を煽るかのごとく言われるようになり、1982年の『プレイボーイ』誌上で行われた童貞の東大生と処女の女子大生の座談会を収めた記事中にて「やらはた」、「やらみそ」という言葉が登場した[1]。
20歳までに童貞喪失や処女喪失をしなければならない理由付けとしては、増田豊が説いたホルモン説(ホルモン分泌が最も盛んなのは17歳から18歳の思春期で、20代に入ると分泌量は少しずつ減少し、ちょっとしたきっかけで不能に陥る危険があるとするもの)をもとにするもの[3]、社会的慣例として大学入学や成人式と同じ通過儀礼として勧めるもの[4]、柴田出の性体験をすることによって人間的に成長するというもの、童貞や処女をコンプレックスとみなすもの[5] などがあった。いずれも根拠は薄弱で、結論ありき的な理由付けであったが、こうした煽動に多くの人が焦燥感を募らせたり、諦めの境地に陥ったりした[6]。
ーーーーーー
[処女は恥ずかしい?]処女の歴史⑫日本人の恋愛と結婚・70~90年代 皆婚で毒親・毒母ができるまで
(※ URL先には上野氏の本かららしい引用。自分は評判を聞いた事があるが、一応それでも書いておく)
https://note.com/puppy_tail33/n/n7d91724fae57
皆婚+クリスマスケーキ+寿退社=女の役割
そのように、団塊世代が若い頃、世間は「女は結婚して男に養ってもらうもの」という価値観が蔓延している、みんなが結婚する「皆婚」社会。
そこで女性は能力を活かして働くこともできず、24、5歳頃の適齢期までに結婚しなければならない。
そのため、お見合いか、職場で知り合った人と少しの間、おつき合いという恋愛をして、結婚をしなければならない。
その後は、企業戦士、働きバチとしてガムシャラに働く夫を支える「妻」。
家庭を守り、夫に養ってもらう「専業主婦」。
そして、子どもを産み、育てる「母」の役割を、果たさなければならない。
やりたいことや、なりたい自分や、自己実現は二の次。
「妻・主婦・母」という「女の役割」を果たすために、結婚して「〇〇さんの妻」になり、出産して「子どもの母親」という「女の役割の肩書き」を得る。
そして、良妻賢母の「妻らしく」「主婦らしく」「母らしく」しなければならない。
しかも夫は、外でガムシャラに働いて、稼いで、家族を養うという「男の役割」を果たすために、いそがしく、家に帰ってくるのが遅い。または、家族や子どもをかえりみない、なんてこともあったでしょう。
その結果、女性はいったいどうなるでしょうか?
結婚の破綻
25歳頃までに結婚するために、お見合いや紹介、職場で出会った人と「この人でいいか」と結婚した場合、「そこに愛はあるんか?」とならないでしょうか?
愛があった、または愛が生まれた、家族愛や連帯の絆で結びついたカップルもあったでしょう。
しかし、恋愛で結婚したものの、いざ生活を始めてみたら、双方の相性がよくない、婚外恋愛(浮気や不倫)へ走った、といった問題もあったでしょう。
団塊世代に人気だったドラマが『金曜日の妻たちへ』(1983~85年)。「金妻(きんつま)」と呼ばれ、「放送日の金曜夜10時には、主婦が電話に出ない」といわれるほど大ヒットしたとか。不倫を描いたドラマでした。
また、男性が「男の役割」(外で働いて、稼いで、家族を支え養う)を果たせない人だった、ということもあったでしょう。
たとえば、夫が暴力をふるう(DV・家庭内暴力)、アル中だ、ギャンブル狂いだ、借金があった、出世しない、働かない、働けない、等々。
実際、私の母の友人(団塊世代)は、結婚式を終えた夜に、夫の様子がおかしくなり、アル中だったことが判明。その日のうちに荷物をまとめて実家に帰った、とのこと。
また、私の親戚(団塊世代)も、結婚式の前日に夫がアル中だったことが判明。そのまま式を強行して結婚したものの、その後、酒に酔った夫のDVがひどくなり、子どもも被害にあい、上の男の子(現在50代)は高校卒業後ずっと引きこもり、下の男の子は10代で暴走族、というケース。
(略)
「母の役割」に全振り
では、結婚生活がうまくいかず、女の役割「妻・主婦・母」の「妻」や「主婦」の役割がうまくこなせない場合、そしてそれをやめるための離婚もできない場合、そして子どもがいる場合、女性はどうするでしょうか?
「母の役割」に全エネルギーを振り向けるのではないでしょうか?
自分が果たせなかった夢、理想、自己実現を、すべて子に託す。
または、「お父さん(夫)のようにならないように」と、子どもにいい学校に行かせて学歴をつけさせ、いい会社に入社させ、出世するようにと、期待をかけるケースが出てきます。
現在40~50代の「団塊ジュニア」
団塊世代が20代の頃の70年代に結婚して、生まれた子どもが「団塊ジュニア」と「ロスジェネ世代」と呼ばれる世代です。
団塊ジュニア:1971~76年頃生まれ、現在48~53歳前後。
ロスジェネ世代:1977~81年頃生まれ、現在43~47歳前後。
令和の現在、「団塊ジュニア」は団塊世代に次いで2番目に人口が多い世代です。
人口(人数)が多いということは、受験は「狭き門」となり、入学するための競争が熾烈(しれつ)になります。「受験戦争」などといわれていました。
そのため、お受験やお稽古ごと、塾に行かせるなど、教育熱心で過干渉な母親が増えます。
(略)
>>30代の頃、「男はいるのに、いつまでたっても子どもを産まないし、結婚もしない。あんたは私の人生を否定するのか」って、言ってた。
(略)
>>母はよく「自分に男を見る目がなかった」とこぼしていましたが、10代の頃、わたしは両親をじっと見て、「お母さん、夫を替えてもあなたの不幸は変わらないよ」と思うようになりました。母の不幸の原因は男の選び方の問題ではなく、社会構造の問題だと気づいたからです。思えば父も母も、とくべつに性格が悪いわけではない、ふつうの日本の庶民でした。
(略)
そこで、「90年代に10代の女子中高生が売春をした理由」、それを個人的に推測すると、結婚も意識しない10代のうちに処女を捨てる、しかも売春をする理由は、以下のようなもの。
・母親世代が「良い母」の役割を果たそうとして、過保護、過干渉になり、その期待やプレッシャーが重くて、しんどかった
・「良い母」に対して、「良い子」の役割を果たすのがしんどかった。または果たそうとしても果たせず、期待に応えられないことがしんどかった
・両親の様子を見て、「結婚が良いものではない」と感じていた
・母親世代が持っていた「結婚するまでは処女」という処女神話や、「女は結婚するもの、結婚して一人前」という価値観を否定したかった
・(先の引用中にあったように)母親世代の生き方を否定したかった
ーーーーーー
中国との関係が1970年代以降に本格化?
1990年代からやや中国へ移行し始めると同時に日中韓北で争った+不況や就職難の印象
(ソ連崩壊+バブル崩壊や外資参入の流れなど。ソ連からやや東に移った印象)
https://en.wikipedia.org/wiki/New_World_Order_conspiracy_theory#
1990年9月11日、米国議会合同会議で行われた演説「新世界秩序に向けて」の中で、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領は、旧ソ連諸国と協力して冷戦後の世界統治を目指す自身の目標を述べました。彼は次のように述べました。
これまで、私たちが知っている世界は分断された世界、有刺鉄線とコンクリートブロック、紛争、そして冷戦の世界でした。今、私たちは新しい世界が見え始めています。それは、真に新しい世界秩序の見通しがある世界です。ウィンストン・チャーチルの言葉を借りれば、「正義とフェアプレーの原則が…弱者を強者から守る…」世界秩序です。冷戦の膠着状態から解放された国連が、創設者たちの歴史的ビジョンを実現しようとしている世界です。自由と人権尊重がすべての国々に根付く世界です。[ 17 ]
※ 右翼思想も左翼思想もほぼ死んで経済に走った印象
実際の所がわからないが、
「お前の商人が権力者になった」の部分がこうなった?
あるいは陰謀論で言う実験説寄り?
ーーーーーー
<邪推>
他によく話題にされているのだと
小児性愛系(無垢な人が欲しい思い?)は他人の欲の生々しさに耐えられない事?
・イメージされている層の人は実際にきつくあたられる(あるいは弱者層への転嫁?)
・芸能系の人とかだと、噂になってるような感じでは男女とも生々しい人が多そうなのと、
対照的に子役みたいな人もいる事?(たぶん、かなり綺麗に感じるはず)
・体育会系の人も見方を変えれば従順=無垢に近い
・一般の会社の人は確か軍隊式だったらしい話
・宗教系も悪く言うと無垢に近づくようにしていく事が多い
・富裕層の人も批判されて無垢な人を求める?
・エリートの人は同じ考えを持つ人や、幼少期の自分と同じ過程を通った人を求める
(戒律あるいは成人の儀式の扱い?)
・政府の人はルール決める役なので批判を受ける。
(陰謀論的で言われている、全世界での芝居みたいな側面もあるとしたら、
罵倒を受けるにしろ、不用意な表現を使うにしろ、知らされてる側はストレスもかかる?)
・AIが来てからはAIへ移行?
・創作物や甲子園などのイベントも純粋な気持ちを思い出すような物は多い
ーーーーー
「小児性愛は依存症の一種。誰でもなりうる」…医師が語る加害者治療【こども・若者の性被害をなくそう】(2023年8月1日掲載)|
https://news.ntv.co.jp/category/society/e67dc594b4f0454d9b296a69ed5d8fb6
>>例えば幼少期のトラウマ体験が現在の心理に影響を及ぼしている、とか職場でパワハラを受けている、過重労働を強いられている、そういったものが全部犯行の要因となるので、そういったものを取り除くように本人と心理士が考えながら変えていくという作業です。逆に歯止めになるものは、例えば被害者に対する「申し訳ない」という感情とか、本人が内面に持っているプラスの面で、それを強化していきます。
※自分はコスプレとかへの理解が浅いが、無垢さを求めてる何かだったりするのか?という意味で↓引用
AKBの高橋みなみちゃんと峯岸みなみちゃんが週刊文春に業界人と幼児コスプレをして抱き合ったりして載った件なんですが、この業界人の人とは...
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12143936487?__ysp=QUtC44Gu6auY5qmL44G%2F44Gq44G%2F44Gh44KD44KT44Go5bOv5bK444G%2F44Gq44G%2F44Gh44KD44KT44GM6YCx5YiK5paH5pil44Gr5qWt55WM5Lq644Go5bm85YWQ44Kz44K544OX44Os44KS44GX44Gm5oqx44GN5ZCI44Gj44Gf44KK44GX44Gm6LyJ44Gj44Gf5Lu244Gq44KT44Gn44GZ44GM44CB44GT44Gu5qWt55WM5Lq644Gu5Lq644Go44Gv
※芸能界の雰囲気は適応できてると思われてる人にも厳しい?
ーーーーーー
諸外国込みでの監視社会系の教理でありそうなのだと、
・幼少期から教育と受験、夜遅くまで塾など(GPS付き)、娯楽はショート動画流行(+AI作成可能)
・入社後も忙しい、成功しても忙しい(創作物でよくある問題のある家族と子どもの形成パターン?)
・その上で代理母や他人の遺伝子を購入するパターン?
嫌な言い方をすると、インフラというか文明維持の役で、
確かに陰謀論で言われる所のマトリックス辺りの人間電池みたいに見えなくもない
個人的に言えることとしては、
・監視社会の教理は間違い(陰謀論込みでEUのデジタルID関連など、2030年頃の状態でも、おそらく買える人も売れる人もいないから)
・邪推して、イザヤ書66?辺りのパターンも間違いの可能性が高いのが現状
(100歳まで生きない人は呪われているとか、無駄に労することもなく~の箇所?)
方向性としては、自分からこっち選べるような方向にしてるが、その中身がどうなっているかの問題?
この辺りは教理でいう所の、
労働者の人や、富裕層の内で働きづめの人、7000年目の安息をどうするのか?みたいな部分はあるのか?
後は大体言えそうな事としては、
・貧富の対立関係で言えば、意外と当人同士は問題がなくて、左派的なものでも右派的なものでも、
親や講師や何かを教えてくれる立場の人、知り合いの意見は、見方を変えればネットの対立煽りなどとほぼ同じで、
何にしても「当人同士以外からの話」の影響の累積が大きい印象
・貧富の対立関係で言えば、この方向のままなら格差もまずいが、悪い事件の方が印象下がる気がする
・どこかでちゃんとやってるといいな、元気でやってるといいな、という感情がなくなったら共同体としては破綻?
(数少ない、個人の人生論でなりやすい悪い部分?)
2025年辺りまでの世界中の?不公正感はいつ解消されるか?
後は各国とも、悪くなったと聞く、法律関係をどうするのか?
ーーーーーー
戦後に右派批判と仮定して、
芸能分野の軽めの雰囲気、
左派的な知恵者の傲慢的な雰囲気(見てる限りでは「こんな事も知らないのか」は、多くの分野に見られる)、
スポーツなどの従順さなどが下にいる人に向かいやすい事、
経済要素も煽られてるとはいえ過激化、富裕層のゲーテッドシティ?など、
正直、多くの「まともの基準」が不適当?(従来の対立要素は身分や仕事、資産や金銭など)
いらない物を選別するつもりでまともさの基準を決めると、それ以外がまともでなくなる
自分の分野こそがまともになるんだとして布教しあうが、中身が違っても方向は同じ?
(悪いパターンの宗教の同門の人がよく言われてる要素に共通)
知識は人を高慢にする、の実感がない場合、
どんなスタンスの人であれ、自分の思う知恵の基準に達してない人を笑う
性格と思想の入り口と、今どこにいるかが違う?(硬派、明るさ、知恵者など他いろいろ)
何すればまともと決められると思う内は、同じ事を周期的に繰り返す?
安息日の規則が重くなるように人の基準は足される?
例.笑わせたかった人のやった事が「素晴らしい人の要件」となって、その世代以降に加算される?
システム論だけだと、2025年までの教理(道徳や倫理的な意味)での、
「人はパンのみで生きるのではない、神から出る一つ一つの言葉によって生きる」
の言葉に当てはまる印象
ーーーーーー
・学習性無気力などがあるように、押しつける、強制することによる利益のような物が見えてる?
・金銭自体はおそらくそんなに使い道がない?(忙しくて貯まるような印象)
(印象的だったのが、とある場所での不祥事報道の時の、擁護するような言い方での「努力の見返りが少ないんだよ」)
(一方で、実際にとてつもない影響が出る以上、そう言われても、と言う部分が確かにある)
・格下扱いの人等が伸びてくると生意気 → 対人関係の対等とは留まるべきもので、留まらないと人は狂う?
・右翼思想がなくなって、左翼思想がなくなって、経済方面もどうなるかわかってきた状態?
・仕方ない状況作って変えるが、その状況を押し付けるのは病む?
(上の方の人も、定着化までの期間の批判の無視、強要と、潜在意識に訴える広告の方法から来る思想感覚が習慣になる?)
------
際限なく求められる尊いとされる者?
聖書的な完全な者(特に新約関係)
騎士や侍(従者)
素直な労働者
無垢な者(一般的な穢れのない者、素直な者) → 素直な者を望む習慣
↑↓
よく言われる、共産主義をこなせる完全な王やエリート?