言葉の定義が結果を変える 〜努力のありがちな勘違い〜 | オンライン気功塾『air』アメブロ版

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ごきげんよう!airです。

人間がどのように世界を認識しているか?と言うと、言語によってです。

これはよく言われることなので、何を今更といったところだと思います。

が、それを現実の世界においてどのように生かせばいいのか?と言うと、イマイチよく理解されていないなと感じることがよくあります。

どういうことかと言えば、言葉の定義が曖昧であったり、感覚的で全く定義されていないことがよくあるということです。

繰り返しますが、人間は言語によって世界を認識しています。

これは裏を返せば言葉の使い方や意味の持たせ方によって、いくらでも認識が変えられるという事であり、それは直接的に世界が変わるという事です。

そのために必要な事が、言葉や概念についてより正しく理解する事であり、厳密に定義する事です。

言ってみれば、プログラムのコードを書き間違えていればiPadでアプリが正しく動作しないとの同じです。

つまり、言葉を正しく使えなければ望む結果を得る事はほぼ不可能だと言う事です。これは誇張ではなく事実です。

なぜならば、我々が目にし感じている現実世界とは、言葉と言うレゴブロックによって複雑に組み上げられた情報的な構造物だからです。

それ以前に、言葉の定義がおかしければ、その望む結果の質すらも悪いものになります。

しかし、本人には今自分が望んでいる以上の結果を望む事ができ、更にそれを達成可能であるという事を認識する事すらできません。

これはスコトーマの原理によります。知らないものは認識不能なのです。

ですから、言葉の定義をより正しくする必要があります。

例えば、タイトルにも書いた「努力」なんて言葉はよく勘違いされています。

過去にも記事を書いているので「またか(白目)」な感じですが、非常にわかりやすいと思うので、一つの例として挙げます。

一般的に理解されている努力というのは、やりたくない事を我慢すると言うような意味合いで定義されているので、基本的にはネガティブな状況について話すときに使われます。

しかしこれは努力という言葉の正しい定義からは程遠いものです。程遠いと言うよりも正反対です。

なぜなら、一般的な意味合いとしての努力とは、努力ではなくただのガマンでしかないからです。

例えば、ダイエットについて考えてみます。

ダイエットをする人と言うのは、大抵の場合運動するのが嫌いです。そして大抵の場合食べるのが大好きです。

(食べるのが好き=太ると言っているわけではありません。食べないことと死ぬことには直接的な因果関係が成り立ちますが、食べる事と太る事に直接的な因果関係は成り立たないので、そこは勘違い無きように。一般論です。)

そのような人がダイエットして痩せようと思った場合、一般的に摂取カロリーを制限して消費カロリーを上げる必要があると言う結論に至るので、食事の量を減らして運動する事になります。

「大好きな食事の量を減らし、嫌いな運動をしなければならない。」

これがこのような人の頭の中を占める思考であり言葉です。これは典型的なHave to思考ですから、モチベーションは上がらないしいつも以上に運動がしたくなくなり、いつも以上に腹一杯食事を摂りたくなります。

この嫌で嫌で仕方ないと言う感情を押さえ込んでダイエットに打ち込む事が、一般的に言う努力の定義です。

しかしこれはどう見てもただひたすらのガマンでしかありません。

まあ、これを努力だと思って(定義して)いる人から見れば、何が努力じゃないのかわからないと思うので、本来の努力の定義とはどういうことなのか、例を挙げていきましょう。

突然「ケーキがものすごく食べたい!」と思うことが誰でもあると思います。特に女性では結構あることだと思います。

先ほどのダイエットと絡めていきましょう。今ダイエット中のAさんが、唐突に物凄くケーキを食べたくなりました。それもホールで。

Aさんは頑張ってその衝動をガマンします。ここで食べてしまってはまた太ってしまう!と。

しかし1日経ち2日経つ間に、その衝動はドンドン強くなっていきます。そしてついに3日目、衝動がガマンの限界を突破しました。Aさんは思います。

「ケーキ買いに行こう。ホールで死ぬほど食おう。ダイエットがナンボノモンジャーイ!ヾ(。`Д´。)ノ」と。

そしてケーキを求めて5駅離れたお気に入りのケーキ屋へ。しかしそんな日に限って臨時休業。

「これはダイエットを続けよと言う神のご意志に違いない。神様ありがとう!ハレルヤ!」

そう思えれば何の問題もありませんが、既にガマンの限界をとうに越えてしまっているのでそれはムリな話です。

Aさんはガッカリしながらも、余計にケーキをホールで死ぬほど食いたい欲求が燃え上がります。食べるんじゃーい!!と。

そして更に2駅離れた次にお気に入りのケーキ屋へ向かいます。しかしそこでもトラブル発生。なんと今日に限って売り切れでした。Aさんは思います。

「ここまで来てケーキが食えないなんてあり得ない!そろそろ閉店の時間だけど、あのあまり美味しくないケーキ屋ならあるはずだ、ホールで!!!」

そしてそこからさらに2駅離れた、それほど好きでもないケーキ屋へ向かい、無事にホールでケーキを購入、完食し大満足。

これが努力です。

この例の中にはガマンという文字はありません。強いて言えば、食べたくても食べられない事に対してガマンしているだけです。

しかしそれもガマンできないので、どんな障害があろうとも目的達成のためにあきらめず突き進みます。

ダイエット中の思考は完全なHave to思考でしたが、ケーキまっしぐら状態では完全なるWant to思考でした。

つまり、正しく定義された努力にはHave to思考の入る余地がないという事です。

努力を続けても結果を出せないと言う人はこのパターンに陥っていることが良くあります。

達成したいゴールがどんな事であろうと、Have toで行動している限り結果に結びつく事はありません。

もし結びついたとしても、その質はゴールを思い描いてた頃とはまるで違う、非常に質の低い結果になっているはずです。

そのため、結果は出ているのに何故かエフィカシーが上がらないと言う不思議な状況に陥ります。

心の中では「本当はもっと上手く行くはずだったのに・・・」と言うネガティブなセルフトークが渦巻くからです。これは「自分にはその能力がない」と言う認識の裏返しです。

ですから、一般的な努力の定義で努力をし続ける限り、永久に望む結果をえることはありません。

正しく定義された努力とは、常にWant to思考で行われるため、障害が起こったとしてもそれをネガティブに捉える事はそうそうありません。

例えば、子供がゲームをしていて倒せないボスに当たったとします。

まーこれは僕の昔話なんですが、ロックマンと言うファミコンの2Dアクションゲームがその昔ありました。

ストーリーを進めていく程にボスキャラが強くなっていくので、あるステージでどうにも倒せないボスキャラが出てきます。

何度トライしても倒せないので、ブチ切れてコントローラー投げたりと散々八つ当たりした挙句にもう二度とやらん!と思いました。

じゃーそれで本当に止めたのかと言うと違います。イライラしながら頭の中を占めているのはボスキャラを倒すためのシミュレーションです。

少し経つとまたゲームを始めて、倒せずにまた八つ当たりして止めた!と思った瞬間にまた攻略シミュレーションを始め、それをクリアできるまで続けました。

その結果どうなったのかと言うと、クラスでロックマンのプロと呼ばれ、放課後は友人宅に呼ばれて倒せないボスキャラを倒してあげると言う訳のわからない状況になりました。ちなみに小学校の頃の話です。なぜもっと勉強しておかなかったのかと。

かなり長くなりましたが、要するに努力とはガマンではないという事です。

それでもガマンを重ねて結果を出す事こそが真の努力であると言う信念を持ち続けるのも構いません。何を信仰するかは個人の自由です。

ただ一つ知っておいたほうがいい事があります。それは、ガマンを重ね続けると必ず潰れるという事です。

ですから、ガマンではなくWant toをベースとした本来の定義での努力をする事をオススメします。

この場合はガマンするのではなく、ガマンできない事が原動力になるので確実に結果に到達する事ができます。

更に言えば、ゴールに近ずく程にそのハードルを自分で上げていくので、ハードルが天井知らずで上がっていきます。

その結果、当初設定したゴールはいつの間にか、それも当初思い描いていたレベルを遥かに飛び越えたレベルで気付いたら達成していたと言う状況になります。

冒頭で述べたように、言葉の定義を間違えていたら望む結果は得られません。

それは努力の定義だけではありません。あらゆる言葉、あらゆる概念において共通です。

なぜなら、我々が認識する世界は言葉と言うレゴブロックを複雑に組み上げた情報的な構造物だからです。

今一度、自分が認識している言葉の定義を再確認し、自分を再構築しましょう。

自己認識を作るのは言葉の定義です。そしてスコトーマを生み出すのは自己認識です。

それだけでゴールは見えてくるものですし、結果が出せないと言う場合には解決法が見えてきます。


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