僕は結局、ピアとしては

厳し過ぎると思います…



ですが、ピアと言う存在が一律に

世話役や友達、相談相手と言う訳でも無く

多種多様な自分の弱い部分を、

『強さに変えた人』という理念があります。


それが、リカバーであり

リカバリーと呼ばれる所以です。




したがって、皆さんが

同じ弱さや、同じ強さを持っている

訳ではないのです



正解がある問題ではなくて

まず、第一条件として



病気の人ばかりの世界じゃない、

一般の社会や、様々な価値観、

他の世界を知っていれば

知っているだけ尚のこと

良いのです。



僕は、長い年月の間に

沢山の友人、家族を見送りました…


自殺対策のボランティアも

した事が有ります。




しかし、

全ての根底にある

命の大切さを、

唱える時に


デイケアなどの患者同士の世界しか

語れなければ、


光も希望も見つけられない事も

知っています。





逆恨み回避で、当たり障のない

支援や言動しかしない支援者より、


資格認定を受けていない立場の僕は、

かなり厳しく、キツイ助言を他人に対して

してきました…。



ほとんどは、逆ギレか、

または信者の様に信望するか?

極端な結果が多かったです。


実際のところ、一昔前なら

ピアと呼ばれる人は

話しは聞いても、傾聴だけで、

助言も否定も肯定もしないと言う

ヘンな決まりがあったらしいですね。



僕には当初、意味が分かりませんでした




自助グループなどの同一の悩み事を

持つ方々の集いでは、

確かに全肯定応答は有効で

回復に近づくと思います。




しかし、実際の現場では

全ての利用者が善良で物分かりの

良い訳ではなく


モンスター級の悪質な利用者もいますし

サイコパス濃度が濃い人も居ますし、

複合型の自病の人や

わざわざ性的な吐口に人を漁る人、

依存性のギバーやテイカーもいます。



マニュピレーターと言う、

ワザと嘘の噂を流して

人間関係をコントロールする

確信犯の虚言癖もいます。






ですので、

上部だけで、なんとなく

弱ってる人を助けたいとか?

優しくしたいとか?

励まし合いたいとか?



その様に甘く軽い認識では、やがて

誰かを追い詰めるか、自分を追い詰めるか、

結果として


誰ひとり救えず、

感謝もされず、

社会復帰させてあげることなく

全て徒労に終わる事になるかも

しれないでしょう…




支え合う事は、素晴らしいと思う。

でもね、自分自身が命の重さに答えが無い

のに、他人の命や、ましてや人生なぞ

教えてやれないし救えないと思う。



少なくとも、精神を病んだ人は

大概は命に関わる疑問を持っていますよ。


ですので、自分の弱さ、儚さ、脆さ、未熟さ、

全てを一度認めてください




それは計り知れない苦痛です、

想像すら簡単には出来ません。


それでも、強さに変える力があるなら、

強くなりたいと本気で願うなら

貴方は、この広い世界で

誰かのピアに成れる存在だと思います。




例えば、誰か一人だけでも

誰かの理解者になれる…


それは、本当に幸福な事だと思う…







軽々しく放つ平穏や、調和の言葉より

泣いて叫んで、べそかいて


それでも、いいよ!!



全部おけまる。

って言いたい…






厳しい事言われて傷ついたって

思い混んでる時は、


きっと心は逃避や抵抗をしてる。




自分の心が認められない本当の自分を

他人に見せられたから…



だから僕を許してくれないていい

ご自分を許してください…






弱さと価値は違います。

命の重さは、強さや力でもなく 


遠い昔から

降り積もって受け継いできた

誰かの、


愛情のしるしです





無駄にしないでくださいね…

いつかまた、生きてさえいれば、

満たされる時が必ず来るのだから…