「いい?本当は来たくないけど、あなたは見るべきだわ。
車に乗って、昼間じゃないと通らない。
昼間でも歩くのはダメ。
夜は、車でも絶対にダメ。
車でも何があるか分からない。」
トレントン中心部から自転車で1分位の所。
車だとハンドルを誤っただけで、その通りに入ってしまう。
そんな所に、行ってはならない通りはあります。
最初の一週間ご一緒だった、日本人のお世話になっている方は、
「僕はアジア人だから、一緒に行ってあげたいけど行けないよ。」
と仰っていました。
そこの人口比率は、黒人が95%ヒスパニックが3、4%、残りが白人だそうです。
アジア人がここで生きるのは、難しいみたいです。
ここにいる人々はアジア人を自分たちより下だと思っているようです。
悲しいですね。
同じ人間なのに。
ーーーーーー
同時に、自分の心にも同じ感情があり事に気が付きました。
もし自分の家の隣に引越してきた人が日本人、白人、アジア人、黒人だと、少し抱く感情が違うかも知れない、と。
これまで触れてこなかった文化・慣習を持つ人に、まず不安から入るのは自然かも知れない、のかも知れません。
自然だからこそ、私達はそれに慣れる必要がありますよねっ!
ーーーーーー
感想を言うならば、「怖かった」です。
ただただ怖かった。
気が付くと、シートベルトを握り締めていて、その手が濡れていました。
人が通りに座り込んで話をしていたり、ただ座っていたり。
そして、やっぱり、
町が汚い。
大きな家は誰も手入れをしていなくて汚くて、窓には板が張ってある。
誰も住んでいない。
目に見える風景が汚いだけで、そこにいる人達の印象も変わる。
何もされていないのに、そこに人が立っているだけで何かされるんじゃ無いか、とか不安になる。
なんでだろう?
公団があり、そこで人々は住んでいます。
仕事が無くて、する事も無くて、平日の昼間から通りに座る事しか無い。
「政府がそれなりに生きられるような政策をするから、ここの人たちは働こうとしないわ。仕事をしなくても生きられるし、する事がないから、良くないことをし始めるの。悪くなるばかりよ。」
ーーーーーーーー
では、何故ここがこのような通りになったのか。
話は1960年代に遡ります。
車に乗って、昼間じゃないと通らない。
昼間でも歩くのはダメ。
夜は、車でも絶対にダメ。
車でも何があるか分からない。」
トレントン中心部から自転車で1分位の所。
車だとハンドルを誤っただけで、その通りに入ってしまう。
そんな所に、行ってはならない通りはあります。
最初の一週間ご一緒だった、日本人のお世話になっている方は、
「僕はアジア人だから、一緒に行ってあげたいけど行けないよ。」
と仰っていました。
そこの人口比率は、黒人が95%ヒスパニックが3、4%、残りが白人だそうです。
アジア人がここで生きるのは、難しいみたいです。
ここにいる人々はアジア人を自分たちより下だと思っているようです。
悲しいですね。
同じ人間なのに。
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同時に、自分の心にも同じ感情があり事に気が付きました。
もし自分の家の隣に引越してきた人が日本人、白人、アジア人、黒人だと、少し抱く感情が違うかも知れない、と。
これまで触れてこなかった文化・慣習を持つ人に、まず不安から入るのは自然かも知れない、のかも知れません。
自然だからこそ、私達はそれに慣れる必要がありますよねっ!
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感想を言うならば、「怖かった」です。
ただただ怖かった。
気が付くと、シートベルトを握り締めていて、その手が濡れていました。
人が通りに座り込んで話をしていたり、ただ座っていたり。
そして、やっぱり、
町が汚い。
大きな家は誰も手入れをしていなくて汚くて、窓には板が張ってある。
誰も住んでいない。
目に見える風景が汚いだけで、そこにいる人達の印象も変わる。
何もされていないのに、そこに人が立っているだけで何かされるんじゃ無いか、とか不安になる。
なんでだろう?
公団があり、そこで人々は住んでいます。
仕事が無くて、する事も無くて、平日の昼間から通りに座る事しか無い。
「政府がそれなりに生きられるような政策をするから、ここの人たちは働こうとしないわ。仕事をしなくても生きられるし、する事がないから、良くないことをし始めるの。悪くなるばかりよ。」
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では、何故ここがこのような通りになったのか。
話は1960年代に遡ります。