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今でも時々思い出す苦い体験  


これも浄化が必要だなと思った。


自分の過去をブログに書くというのは消して気持ちいいもんではない、当時の感情がぶり返してきたり、書いていて自分の中で心の整理していて、浄化の一環になっていたことに気がついた。


高校1年の冬

高校1年の時、当時3つ離れた親戚にYAMAHAのZRという原付きバイク譲ってもらった。


当時排気量の規制があったばっかりで、ZRは販売停止となったばっかりだったから、希少価値があった。


すぐさま免許を取りに行って、バイクを乗ったのは数日間だけで、同級生が家に遊びに来て、

「ちょっと乗せてくれよ」「いいよ!」と走って50m位で派手にすっ転んで、動かなってしまった。


マジ、ぶざけんな!と思ったけど、同級生との関係が悪くなるし、相手を無免許で乗せた俺が悪い。


兄が乗っていた400ccのSRというバイクがあるから、高校1年の春休みに茨城の友部に合宿で免許を取りに行く予定で、原付バイクは必要なかったといえばなかった。


話は切り替わり

小、中一緒だった地元の同級生のミゾという奴


溝口という苗字だったから、皆からはミゾと言われていた。


運動神経が良くて、小学校の時は仲が良くてよく遊んでいた。


僕はジャッキーチェンの酔拳2をハマっていた時期があって、後ろからいきなり不意打ちついたりしていて、本気でやり返してくるところが嬉しかった。


ミゾは中学に入ってからは不良グループのトップへ、不良グループとは小学校6年までは皆仲良かったんだけど、途中から馬が合わなくなり、同じクラスになったけど、会話はほとんどなかった。



高校1年の時、原付の免許を取ってからのこと

 

ミゾとは別々の高校になったが、ミゾの名前をよく聞くようになる、ミゾは喧嘩が強いとか、ツッパっているとかではない、不良の世界では顔が広いんだ。


同じ高校の同級生のHの中学の友達を家に連れてきて遊びに来た時、ミゾに会いたいというので、じゃぁミゾの家に行ってみるかということで3人でミゾの家に行ったんだ。


僕「おう、久しぶり」


ミゾ「誰だ?オメェ?」


僕「スギもんだよ」


ミゾ「はぁ、何オメェ、勝手に人の家来てんだよ」


僕「…なんだよ」


ミゾ「なんだよじゃねえよ」


僕「いいや、俺帰るわ」


ミゾ「ハイ、バイバイ」


一緒にいた同級生とその友達を置いて、バイクを走らせ一人で帰ってきた。  


なんだあの態度は、高校の同級生の前で大恥をかかされたな。


その後、ミゾは同級生の原付の後ろに乗り、僕の家まで来た。


ミゾはさっきとは豹変したように「おー、スギもをお前バイク買ったんだなー」普通になっていた。


僕「親戚に貰ったんだよ、今これ動かないんだよ」


この日ミゾとは何事もなく普通に別れた。


次の週のこと、高校の同級生のHに「俺、あの後、中学の同級生から、スギもんはミゾにあんなこてんぱんに言われペーぺーだから、遊ばない方がいいよって言われたんだよ。」


あっそう、まぁ好きにしてくれやと思いつつ、そんなことをわざわざ俺に言わなくてもと、ショックを受けって言ってるお前らが一番ぺーぺーなんだけどなぁと心の中で思っていた。


※僕の世代ではぺーぺーという言葉が流行り、一番下っ端という侮辱言葉だ。


そして、突然知らない番号から電話が入る。


僕「もしもし…」


ミゾ「ミゾだけど掛け直してもらえる?」


僕「え?」


「プツン、プープー」と電話が切れる。


なんか焦ってそうだな、なんかあったのかと思いすぐに掛け直す。


ミゾは壊れたZRの原付きバイクを2万円で売ってくれということだった。


僕「いや、修理して乗るから売るつもりはないよ」


ミゾ「断ろうと思っていたら、頼むよ、先輩から10万円せがまれてて、何とかしなきゃいけないんだよ、スギもん、一生のお願いだ、頼む」と泣き落としが入る。


そして、その日は何事もなく終わったけど、続けて またワンコールが入る。


ミゾは電話してくるときは決まってワンコール、こっちに電話かけさせてくる、自分が電話代を払いたくないからだ。


先輩から追い詰められて大変なんだろうなと思い かけ直す、そしていつもと同じく泣き落としだ。


僕「わかったよ、売るよ」


二万円を一万円に値切ってくる。


昔からの付き合いもあるし、そして僕は親戚からタダで貰ったものだし、壊れたバイクの相場というのは全くわからなかったし、無知であった。


僕一晩寝て考えた、っていうかなんで毎回ワン切りなんだ、おかしいよな?すぐさまミゾに電話をかけ直し


僕「やっぱやめてくれないかな?」


ミゾ「はぁ、ふざけんなよ!おい!いいって言ったのに 何なんだよ」


僕「あー、わかったよ、単純にもう関わるのが嫌になった」


そしてミゾは知らない間に来て、父親に一万円渡してバイクを持ってたという。


そのバイクを転売して数十万円で売ったということを数ヶ月経って聞いた、その後向こうからすり寄ってくることも一切なかったし、



高校生の数十万円ってものすごい大きいことだ。


親戚から譲ってもらったバイクをまんまと口車に乗せられた自分への情けなさ、昔からの付き合いでわかるけど、先輩から10万せがまれたというのも嘘の話で、そもそもそんな容量の悪いやつじゃない。


ものすごく後悔したし、昔の話とはいえこの時の悔しさは今でも残っている。


鴨がネギを背負いながらバイクにのっていたようなもんだ。


大人になってから、一回だけすれ違ってこっちを物色するような目で見ていたが、顔も見たくないぐらい険悪している相手だ。


前置きがだいぶ長くなったけれど、この当時の感情もしっかりと味わって浄化することにした。


なんとなく当時の感情を思い出し、怒りがおさまっていくまでを待つ


出てきた感情は当時そもそもそんなにいらないバイクだったから売ったんだわ、後から数10万円で転売したというの知って悔しい思いしたんだったわ。


落ち着いた頃にありがとうという気持ちを持って、両手を広げて手も出していく。


最後は小学生の時2人で万引きをしまくった今は無き長谷川商店の前で、なんとなく抱きしめるイメージをして終了


長谷川商店の前でBE MYのメロディーが流れ、大歓声に包まれながら、吉川晃司と布袋寅泰が腕を組むような感動的なシーンではならなかったが、この体験を文章にするのは正直しんどかったな。


きっと自分の中で整理されるはずだし、許すことはできるでしょう。


その数日後ににタイミングよく、実家の長男から同窓会の手紙が届いたと連絡が入る。


もちろん行くつもりはないけれどね…


思い返せば 高校時代バイクは命というくらいに執着していたし、学校を10日間の停学になり、挙句の果てに単車を中学の同級生に盗まれたり、今考えると散々だったわ。


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