そこに月がある!

月はわたしの感情。

もう感じることに遠慮はいらない!

 

「月、ゆう屋。の窓辺にて」

気持ちが通わないと、やりたいことをやろうとは思わない。

でも気持ちや感情が持続しなければ、

やりたいことを続けてはいけない。

それは土星の力。

今朝は「感情」と「土星」について、話してみたいと思いました。

愛情を、想いを継続していけるよろこび。

今わたしは、自分の気持ちを中心に暮らしています。

 

わたしが村田沙耶香さんの「コンビニ人間」に惹かれたのは、

いたずらに人間社会が押し付けてくる常識に振り回されて生きたくない。

そんな他人軸の生き方はいらない。

村田沙耶香さんの「コンビニ人間」の最期のところで、

にんげんである前に、コンビニ人間なんだと叫んだ恵子の気持ち。

わたしは賛同した。

 

ひと目を気にして、社会の圧力に負けて生きるのではなく、

みずからコンビニを開きたい。その気持ち。

コンビニを大事に続けていく。

コンビニの種類は、みんな違うだろう。

わたしの場合は、「こころのコンビニ相談室」。

わたしはにんげんである前に、コンビニ人間なんだ。

わたしにはなぜか、この言葉がここちいい。

なぜここちいいのか、わたしには分かる。

それは社会の圧から自分をちゃんと守りながら、

でも社会に対して、開いている。

最も自分らしいやり方で、開いている。

それがコンビニであり、コンビニ人間なのだから。

 

だからわたしは、この本を読んで、心からコンビニ人間になりたい、

そう思ったのです。

そのためには、気持ちが通って、こんなコンビニをやりたいというものが、

必要。そして、それをたゆまなく続けていくことをよろこびと出来る。

その続けていくよろこびが土星。

現在魚座を土星が逆行しています。

11月28日に逆行を終了し、順行に戻ります。

 

にんげんは日々変わっていく月に象徴される感情に左右されてばかりでは、

安定しませんね。

だから日々感情がころころ動いても、大丈夫なように、

土星の力も借りて、水車が回り続けるように、想いを、意思を継続していける。

 

トランシットの土星は現在魚座にあり、魚座は感情、愛情の星座。

魚座は境界のない、溶けあう愛。

しかし何もかも受け容れ、何もかもできるわけではありません。

土星は限界を知り、現実の枠組みの中で、境界線を引いて、その中で、

あなたの愛情ゆえの取り組みを、たゆまなく持続させていく惑星です。

今まさにそれが行われようとしている。

 

あなたが何を大切にしていきるのか?

あなたが何に愛情を注いでいきるのか?

問われていますね。

 

11月20日の水の星座(感情、愛情)蠍座の新月、

そして2026年1月3日の水の星座、蟹座の満月。

この11月から年明け1月初めの流れは、

まさにあなたが本当にやりたいことは何なのか?

あなたの感情、愛情が通い、満ちてくる。

蠍座の新月前後で種を蒔かれ、蟹座の満月辺りで、満ちて、形になっていく。

 

あなたのやりたいコンビニは何ですか?

わたしは「こころのコンビニ相談室」です。

コンビニ繋がりでふと思い浮かべるのは、

母と息子で、実際にコンビニを経営している人のこと。

今に始まったことではないけれど、その母に当たる人が、

息子と一緒に日々仕事が出来ることがしあわせ、

そう言われた6年近く前の言葉が今思い出されます。

 

その気持ち、愛情が今は分かる気がします。

その気持ち、愛情こそが、彼女がコンビニをやり続ける動機であり、

日々元気にコンビニを今日も息子と一緒に継続するよろこびの土星だということも。

 

あなたが何に対してたゆまなく愛情を注ぎ続けるのか?

11月20日の蠍座の新月から、1月3日の蟹座の満月への流れは、

まさにそれをあなたに問いかけています。

仕事、家庭、恋愛、趣味、それ以外もすべてそうではないでしょうか?

そしてそのもとになるのは、あなた自身が本当に自分自身を愛すること、

ケアすること、それが源なんですね。

愛の血液があなたの全身を通い、全身にあなたの感情が通っているか?

そこからすべてが動き出す。

 

11月20日から2026年1月3日の流れは、まさに蠍座蟹座魚座の水の星座の

120度のグランドトラインによる、あなたの感情のお祭り。

ただし何もかもできるわけではないけれど、限界があるからこそ、

それ以外のものは削除して、あなたが何を選ぶか、

 

そこに現実を踏まえた、あなたの愛のカタチがあるのです。

あなた自身への愛のカタチ。

芥川賞を獲られた、村田沙耶香さんの「コンビニ人間」は、

単なるコンビニの話しではありません。

にんげんである前に、「コンビニ人間」であれと叫び、教えてくれました。

一見何だろう?と思われるかもしれませんが、

それは土星と天王星からのメッセージのようにも、

わたしには感じられました。

 

土星は自分の想いを通わせ、現実に続けていく渋いよろこび。

天王星は、あなたらしいやり方で今こそ改革、自立していく目覚め、なんですね。

 

2025年 11月15日(土)
 

心の調律びと、ゆう屋。でした。

2025年11月6日、午前4時頃、

牡牛座の満月の輝きが尋常じゃなかった。月の直径の3倍以上の虹色の円を纏っていた。これがスーパームーンか。

 

月の中に見える水の模様のようなものが、羊水の中に丸まっている赤ちゃんにも見えた。

 

しばらくすると、纏っていた虹色の円は消えていた。輝きは衰えることなく、迷いもためらいもない。そんな純でひたむきな輝きだった。満月が何度も2つに見えたりするのは、わたしの目の錯覚か何かなのだろう。認知症のある母親にも、満月の3時間以上前に、通りに出て母と一緒に満月間近の月を見上げた。満月の輝きと、電柱の上あたりに赤い月と、2つ見えると話してくれた。

 

わたしにとって感慨深かったのは、牡牛座の満月当日、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』を一気に読めたこと。

なぜ読もうとしたかと言えば、前日のニュースで、村田沙耶香さんの世界、芥川賞に輝いた『コンビニ人間』他の作品が数々翻訳され、イギリスや諸外国で同世代を中心に共感と新鮮な驚きを以って受け入れられているニュースを見たのがきっかけだった。

 

村田沙耶香さんがこの世に生まれた1979年はその後就職氷河期を経験された世代(1970年代終盤から1980年代前半?)。『コンビニ人間』を読み切る最後の数ページで、まさかの涙まで込み上げてきた。

 

星読みで言えば、乙女座を思わせる世界。星読みの知識としての乙女座を、体感として理解できた時間だった。

村田沙耶香さんの世界に引き込まれた。結婚しないと、就職しないと、人間じゃない。そんな社会の常識の無言の圧に、友だちの圧に押し潰されそうになりながら、そんな中をコンビニ店員として生きていく主人公古倉恵子の姿。

 

わたしが村田沙耶香さんの2冊目として読み始めた『地球星人』の中にも、何度も出てくる「生きのびる」という言葉。「子供の命は自分のものじゃないよ。大人が握ってる。お母さんに捨てられたらご飯が食べられないし、大人の手を借りないとどこにも行けない。子供はみんなそうだよ」。

 

最近記憶力に自信が無くなってきているわたしだが、この『コンビニ人間』は忘れようがない。就職氷河期世代に当たる村田沙耶香さんの『コンビニ人間』は、乙女座の世界への理解を圧倒的に体感させてくれた。それは比喩、象徴的な意味でもあるし、この本を読んで、わたしは『こころのコンビニ人間』になりたいと思わせてくれた。

 

いつもわたしが他人軸ではなく自分軸と言っていたのは、また、なんとかかんとか生きのびてきたという表現を使っていた意味が、一層ハッキリ分かった。

 

幼い頃に、親、家族の関りの中で、凍り付いた乙女座の世界を、みずからの感情、純なよろこびの通った乙女座に書き換え、取り戻せ。それはそんなに特別なことではない。『コンビニ人間』の中で18年コンビニ店員を続け、日頃からずっと感情を全く露わにしなかった、古倉恵子の最後の叫びが胸を打つ。

 

イギリス他諸外国の同世代を中心に共感と新鮮な驚きを以って読まれる意味が分かった。世界が繋がっていることも。日頃たまに使っているコンビニへの見方も、全く異なったものになった。よく戦争を経験した世代の人が、一日にして価値観が180度変わったという言い方をするけれど、わたしにとっては一日で乙女座という星座の世界が、腑に落ちた。だからこそ、『こころのコンビニ人間』になりたいと素直に思えたのです。

そこに月がある!

月はわたしの感情。

もう感じることに遠慮はいらない!

 

「月、ゆう屋。の窓辺にて」

今日、牡牛座の満月ですね。

今朝わたしが満月のホロスコープをみていて、

気づいたことをシンプルに表現しようと思いました。

 

3つの180度が目に飛び込んできました。

星と星が180度で向かい合うのは、よく対立とか受容とかいいますね。

向かい合って、惹きつけ合って、物事を具現化する角度(アスペクト)。

 

ああ、それが3つもあるのは、

あなたの心に、わたしの心に、

これまでずっとあったけれど、なかなか動けなかったことに、

いよいよ着手する。あるいは、これまでずっと大事にしてきたことを手放すきっかけ、

そんな意味をわたしは感じました。

 

つまり大事にしてきたものを手放し、何かを具現化しようとしている。

ところで、2025年11月5日の牡牛座の満月は夜の10時過ぎ。

ホロスコープ上に、どんな180度があるか?

一つ目は、もちろん、牡牛座の月と蠍座の太陽、リリス。

二つ目は、双子座の天王星と射手座の火星、水星。

三つめは魚座のドラゴンヘッド、土星と乙女座のドラゴンテール。

 

一つ目の牡牛座の月と蠍座の太陽、リリスの180度が表すのは、

あなたが今まで安心や安定のために守り続けてきたものを、

みずからの手で手放し、蠍座の太陽、リリスの表す、今までの自分を死なせ、

新しい自分を生み出す。

今あなたの奥底で起こっている大いなる変容を受け入れるということ。

 

これは牡牛座の月からすると、怖いのです。

なぜなら、これまでの安心感安定感が、覆される、無くなってしまう怖さですね。

 

さらに今回の牡牛座の満月に連動しているのが、三つ目の魚座のドラゴンヘッド、土

星と乙女座のドラゴンテールというノード軸なんですね。

実はこの三つ目も、今回の牡牛座と蠍座の満月と同じように、

乙女座と魚座の、地の星座と水の星座で生じている。

 

実はこれも、乙女座はなんとかして、これまでのやり方を維持していきたい。

それでずっと手堅くやってきた。

就職氷河期の世代の人たちなどは特に、

これまでなんとかかんとやってこられたのは、

なんとか維持してがんばってきたから。

 

でもここでも、一旦、今までずっとあなたが維持してきた安全だと思うやり方を

手放し、今までがんばってきた自分によくやってきたね、おつかれさまと、

自分で自分に声をかけてあげて、

一度自分をゆるめてあげる。

今あなたに訪れているまるで危機のような変容に抵抗せず、受け入れてごらん、

そう言っているのですね。

 

つまり今回の牡牛座と蠍座のラインの満月は、乙女座と魚座のノード軸とも連動。

牡牛座乙女座は地の星座で、あなたがずっと守り続けてきた安心安定を、

怖いかもしれない、不安かもしれないけれど、死んだ気になって、手放してごらん。

全く新しい変容が待っている。少し時間はかかるかもしれないけれど、

これがあなたの進化、変容、自分軸の人生の旅のはじまりなんだよ、

そう言ってくれているのです。しかもダブルで。

 

もう少し、あなたの気持ちを、あなたの我慢してきた本音を活かした生き方に切り替え

ていくときがいよいよ近づいているようですね。

みなさんは今ご自身の今をどのように感じていますか?

 

二つ目の双子座の天王星と射手座の火星、水星の180度は、

まさに自分の夢、理想に向かって、自立独立、そんな流れをイメージさせてくれる

アスペクトなんですね。

おまり大げさに考えず、あなただったら、どんな夢、理想だったら、

地道にコツコツ取り組んでいけるのか?

それを継続して、自立独立していくことができそうか、

あなたなりにいろいろ考えてみる。

それでいいと思います。

安心安全を全部手放せなどと言っているのではありません。

どんなやり方だったら、地道にコツコツよろこんで取り組み続けていけますか?

地道にやり続けたいなと思える取組み、あなたの理想は何ですか?

 

射手座に水星火星が移動してきたのは、あなたが追い求めても飽きない、

理想、夢は何ですか?

それに愚直に、丁寧に取り組み続けられれば、必ず自立独立に繋がって行く。

でもそのためには、こうあるべきと頑なに思い続けて守り続けた、

これまでの安心、安定を手放し、

これまでの頑張りを労わり、もう自分をゆるしてあげる。

ゆるめてあげる。

 

なぜそうする必要があるのかと言えば、

自分を今こそ癒し、ゆるし、ゆるめてあげられれば、あなたの本当の感情が流れ出

し、あなたの本当のニーズがみえてくる。これまでは見えなかった、

あなたの新しい世界が見えてくるからです。

今回の牡牛座の満月は、あなた自身の中で起こっている、大いなる変容を受け入れて、

変化を受け入れて、

会社や他者依存に偏っていた人生を自分軸の人生に切り替えていくターニングポイ

ントになるのだと感じています。

これら3つの180度のアスペクトは、それをじっくり具現化しなさいね、

そうやさしく言ってくれているのです。

 

だから今あなたの奥底にやってきている激動の変容を、

無かったことに、見なかったことにだけはしないでください。

苦しくても、しんどくても、人が本気で変わっていく時は、

かならずそういう辛さが伴う、痛みが伴うものなのですね。

失うもの、痛み無しに得られるものはないのかもしれません。

 

2025年 11月5日(水)
 

心の調律びと、ゆう屋。でした。

 

そこに月がある!

月はわたしの感情。

もう感じることに遠慮はいらない! 

 

もうすぐ11月ですね。

 

みなさんが日頃大切にしていることはなんですか?

 

わたしは車の事故、火事を出さないように意識して気を付けることです。

 

さらに妄想、認知のある母親への対応。

 

そして何より、自分自身の身体と心を整える事。

 

日々の仕事や、生活、趣味他に関わるときでも、それ以前に、

 

車の事故、火事、認知のある母への対応、自分自身を整える事、

 

これらへの意識が、わたしの人生のベースになっています。

 

わたしも今、冥王星、土星を中心として、これまでのわたしの壁、限界と向き合い、

 

諦めず突破しようとしています。

 

でも、上の人生のベースが崩れたら、冥王星も土星も、突破もないからです。

 

だから、今わたしが冴えない状態にいたとしても、とりあえず、最低限、

 

その状態を守るために、車の運転、火の元、母のことなど、意識して、

 

最低限の今を守りながら、淡々と、現状を突破しようとする。

 

現状を突破するといのうは、凄く華々しいことが起こるのではなく、

 

もっともっと愚直に丁寧に物事に取り組む姿勢が形になっていく。

 

わたしの場合は、現状突破の鍵は「愚直さ」と「丁寧さ」なんですね。

 

そして、車の事故、火の元、不慮のケガ、母への日々の対応のことなどが大前提。

 

みなさんにとって、生活、人生のベースは何ですか?

 

そして、現状突破の鍵、キーワードは何だと思いますか?

 

わたし自身、これまで生きてきて、苦しい時、どうにもならないとき、

 

自分と向き合い、考えることは大切だけど、

 

苦しければ苦しいほど、自分の考え、枠組みでしか物が見えていない。

 

自分の考えの枠組みの中で右往左往、堂々巡りしている。

 

もうそのときの自分の考え方自体が限界を超えられない。

 

一旦逃げて、安全な場所に身を置いて、心もカラダも少しでも楽な状態に

 

置いてあげてから、自分に空きスペースを作って、見方を変えてあげる。

 

心理学でいう「リフレイミング」。

 

いつまでも同じフレイムにしがみついていないで、

 

別の額縁、フレイムに自分を登場させてあげる。

 

でも苦しい時は、なかなか自分だけでは、そこから抜け出さないことって、

 

あるんですよね。

 

モナリザは、いつもあの微笑みで額縁の中に存在するけれど、

 

実はもっといろんな顔、可能性、あるはず。

 

苦しい時には、それに気づかない。

 

苦しさが極まっている時は、もういい加減、そのやり方止めなさい。

 

モナリザよ、もう演じるのが嫌だったら、休みなさい。

 

神経すり減ったまま、モナリザを演じ続けてももう限界ですよ。

 

モナリザだって、もっといろんな顔があるはず。

 

一旦神経を十二分に休めて、頭も心も空っぽに、ゼロなれたら、

 

それさえできたら、全く違う発想、考えが生まれるのに。

 

モナリザがこれまでずっと自分が演じてきた微笑みではない、

 

新しい自分に気づくみたいなこと。

 

今日は月水瓶座ですね。

 

それは一言で言えば、自分を知るということ。

 

苦しく葛藤しているときには、冷静に自分を観察できない。

 

だから信頼できる人に聞いてみたりするのもいい。

 

なぜなら苦しい時ほど、新しいあなたの可能性が生まれようとしている。

 

生みの苦しみのときだからです。

 

蠍座に太陽、火星があり、月冥王星は水瓶座、水星は射手座、

 

蠍座、冥王星の死と再生ではありませんが、あなたの新たな可能性が生まれようとしている、

 

そのことに気づくために、一度楽になってみてください。

 

鳥かごがなぜか開いている。

 

そのことにハタと気づいて、鳥が鳥籠の外へはばたいた。

 

見える世界が全く違ってくる!

 

2025年 10月31日(金)
 

心の調律びと、ゆう屋。でした。

そこに月がある!

月はわたしの感情。

もう感じることに遠慮はいらない!

 

「月、ゆう屋。の窓辺にて」

 

今日は、これから10キロのマラソンを走ってきます。

隣の島根県の安来市のやすぎランニングフェスティバル。

ふと思ったんだけど、テレビで拝見する42.195キロを走る人たちの凄さって、

ほとんどの人がその間にトイレに行ったりしないよね。

トイレになんか行っていたら、負けちゃうもんね。

わたしなんか、初めて走った10キロ走のときでさえ、トイレに立ち寄った。

わたしの今の目標は、「生きること」=「感じること」、

 

そして、20264月から、すでに決まっている年間の仕事に、

きちんと対応できるような体力をつけること。

順位うんぬんは一切関係なく、歩かずに完走が今日の目標。

 

ところで星読みによく出てくる冥王星。

自分自身のホロスコープを見ていても、いつ見ても発見がある。

それは自分の心が日々動いて、変わっていくから。

 

よく、冥王星のことを「死と再生」の星って、あるいは「究極の変容」って、

紋切り型で言うけれど、

それって、一旦死んで(本当に死ぬわけではない)、そこから蘇る。

それは、ずっと我慢してきたことに気づき、目覚めることから始まることもある。

 

例えていえば、家族関係で苦しみ、幼い頃に自分の感情を凍らせ、生きるために、

自分の感情を麻痺させ、仮死状態にしてきたものを

自分の温かい手に取り戻すということ。

生きづらさって、大抵、自分自身が無意識に諦めたり、我慢し抑圧してきたものが

反映している。だから、そこに気づかないと、何度でも深層心理から、なんで気づかないのと、さまざまなメッセージ、あるいはトラブルなどを起こして、

知らせようとしてくれる。

 

冥王星って、本当に真の変容。

にんげんは苦しくないと、変わろうとしない。

だって苦しくないんだったら、今まで通りの方がリスクないし、安全でしょ。

そんな感じ。

でも何度もトラブルが起こったり、病気の症状が次々に出てくると、

人はようやく本当の自分と向き合うようになって、このままだと苦しいから、

なんとかして変わろうとする。

そんな究極の時こそ「死と再生」の冥王星の出番なのですね。

苦しくて、辛くてなんとかしてよ、そう叫びたいときに、

冥王星が出てきて、あなたがずっと閉ざして、諦めて凍らせてきた感情と、

向き合わせる。

だから本当に苦しい時は、チャンスでもあるわけなんですね。

 

あなたやわたしが、一番向き合いたくなくて、長い人生の中で見て見ぬフリをして、

ずっと自分のハートの奥で凍らせたもの、それが冥王星。

 

例えていえば、わたしは3ハウスの乙女座に冥王星があります。

3ハウスといえば、伝えたい言葉、想い。

わたしの場合は同じ3ハウスに人との縁やこの世でやりにきたことを表す進化の道ド

ラゴンヘッドもあるので、さらに3ハウスが強められている。

 

わたしの場合は、幼い時に、怖さのあまり、父親に本当の想いを伝えようという気持ちを諦め、

みずからの感情を麻痺させ、凍らせてしまった。

もちろんその時には、気づいていませんが。

そんな風に、あなたが一番向き合いたくないものに向き合わせてくれるのが、

冥王星なんですね。

その冥王星に気づく。まずそれだけでもいい。

 

その凍った自分の感情に気づく・そして解凍していく。

もう一度言いますが、3ハウスの乙女座にあるわたしの冥王星。

それは5歳の頃に、わたしが諦め、凍らせた感情なんですね。

その時に大切なことが二つありました。

今はよくわかります。

冥王星のある3ハウスの向かいには、

9ハウスの魚座、なじんだ過去世からの習慣としてのドラゴンテールもある。

 

これは幼い時から、親のネガティブな感情がどんどん侵入して、生きづらい。

他者と同じ空間に生活をするということは、

良くも悪くも共に暮らす家族のさまざまな感情が遠慮なく入ってくる。

そこで嫌が言えない人は、苦しくなる。

 

嫌と言えるかどうか、それだけの事なんだけど、それが大きい。

 

だから冥王星が3ハウスにあるわたしのホロスコープをしみじみ見ていて思うのは、

嫌なものは嫌だと言って、凍らせてきた想いを、

これからは温かい血を通わせて解かし、本音の想いを伝えて行きなさい。

そして、親や家族であっても、にんげんとして境界線を引いて、

まずは何より自分を最優先にして、自分を整えていく。

自分を整えない限り、何もできないから。

 

3ハウス乙女座が言うように、人の為に役立つことをするのは良いことだけど、

自分の気持ちを置き去りにしたやり方だったら、結局潰れちゃうんですね。

だからちゃんと線引きをして、まずは自分の限界を知り、

他者の不要なネガティブな感情に引っ張り込まれないためにも、境界線を引く。

 

幼少期に父親の激情に晒され続けていたわたしには、境界線を引くなんてできなかったし、

そんなこと分からない。

 

歳と共に、本当に境界線を引くという言葉の大切さ、意味深さを身に沁みて感じてきました。

さらにホロスコープ上のアセンダントにどの星座が来るのかを見れば、

あなたの素のままの衝動、あなたが無意識にできちゃう得意なことが見えてくる。

 

わたしの場合は蟹座なので、ついつい目の前の相手に寄り添っちゃう。

そして、相手の感情を優先する癖が出てしまう。

カウンセリングでは有効なんだけど、

自分が生きるには、生きづらさの元になっている。

そうではなく、自分自身の感情を味わい、3ハウス乙女座のように、

自分を整え、限界を知り、きちんと境界線を引くことの大切さを、

3ハウス乙女座の冥王星は教えてくれる。

 

そして、いつも後回しになっていた自分の感情をありのままに生きる、

苦しい、うれしい、かなしい、くやしい、楽しい、おいしい、

そんな感情を一瞬一瞬生きる事こそが、わたしの人生の目的のように思います。

だから今日も小雨の中を走るときに、誰に遠慮もなく存分に感じて味わえるマラソンを

10キロ走れるよろこびを楽しんで来ようと思います。

 

おしっこに行きたくなって、トイレに飛び込む自分の姿が目に見えるようです。

みなさんも、今苦しければ苦しい人ほど、何がそうさせたのか?

これまでのあなたの人生の主な出来事などを辿ってみたり、

今あなたの中でどんなことにスポットライトを当てて欲しいと、

あなた自身が思っているか?

もっと言えば、ずっと我慢してきた、凍らせてきた感情を解かす時が始まっていること

に気づいて下さい。あなた自身のために。

もう我慢しなくていいんだよ。

 

今日はホロスコープの中に誰もが一つ持っている、「死と再生」「究極の変容」を表す

冥王星について書いてみたくなりました。

多くの人が変わろうと、変わりたいと思っている今だからこそ。

でも変わりたい変わりたいと思いが募る時は意外と変わることができなくて、

もうそんなのいいやと、いい意味で達観して、

淡々と何かに取り組み始めたりしていると、

すーっと音もなく、変貌を遂げて行ったりする。

人生はなかなか面白いですね。

 

自分の感情を素直に生きているだけで、十分幸せなんですね。

 

2025年 10月26日(日)
 

心の調律びと、ゆう屋。でした。

 

そこに月がある!

月はわたしの感情。

もう感じることに遠慮はいらない!

 

「月、ゆう屋。の窓辺にて」

 

昨日の晩は、10月21日は、天秤座の新月だったんですね。

みなさんはどんな風にして過ごされましたか?

わたしは夜、好きなウクレレの歌謡曲を繰り返し聴いていました。

 

もうすぐレンタルウクレレが家に届くのだけれど、

まだ弾けもしないのに、

これはいいな、これはどうかな?

などと思いながら過ごしていました。

「瀬戸の花嫁」、シモンズの「チェルシーの歌」、

映画「男と女」、松田聖子さんの「sweet memories」など、

 

ある人のウクレレの演奏を聴きながら、

心はもうその演奏に自分自身を重ね、エアウクレレしている気分でした。

それにしても、理屈ではなく、

ウクレレに辿り着けた自分がちょっとうれしかったです。

もう完全に牡牛座、蟹座の世界でした。

 

わたしは自分自身のホロスコープの牡牛座には天体を持っていませんが、

2023年を中心に木星が牡牛座にやってきたころから、

未開発だったわたしの牡牛座の世界。

「感じることを恐れず、丁寧に生きることの美しさ」
「触れる、聴く、味わう——身体で愛を感じる感性」

牡牛座的な感性が少しずつ動き出していたのですが、

きわめて個人的なことなのですが、

昨日、わたし自身のホロスコープの11ハウスの牡牛座に、

小惑星を発見しました。

 

気が付いたら、わたしが過去に出会った素敵な牡牛座の人が、

何度も何度も想い出されて、

その飾らない音楽の優しさに魅了されて、

オリオン座の3つの星のように、

わたしのホロスコープの牡牛座のスペースに

3連星の小惑星のように座ってくれていました。

本当にうれしかった。

人は思いがけずこんな風に開発されていくんだな。

まるで、そのときそのときのありのままの自分の気持ち、

感情を優しく認めてくれるような、

太平洋の、ハワイの波立つ楽器、

ウクレレに出会えた。

 

その前に14年前になぜか出会えた素敵な牡牛座の人がいて、

わたしの牡牛座の小惑星になってくれた。

わたしの感覚の中では、そんな一日でした。

 

レンタルウクレレは明日か、明後日か、それとも・・・、

幼い頃はどこか怯えて生きていたのかもしれないが、

今は「チェルシーの歌」を心で口ずさみながら、

楽しみに待っている日々です。

あなたには、どんな天秤座の新月の種まきが始まるのでしょうか?

 

2025年 10月22日(水)
 

心の調律びと、ゆう屋。でした。

 

 

そこに月がある!

月はわたしの感情。

もう感じることに遠慮はいらない!

 

今想うと、いいもわるいも、人生の中で出会ってきた人たちの事を振り返ると、

わたし自身のことが実によく見えてくる。

なぜなら、その人たちはわたし自身を映し出す合わせ鏡だったから。

 

今火星水星が目には見えない深い繋がりを表す蠍座にあるときに、

そのことに一層明確に気づかされた。

親として出逢った父、母を含め、

その他人生の中で出会った主な5人くらいの人のことを思えば、

わたしというにんげんが分かりやすく見えてくる。

 

なぜなら、親を含めた7人くらいの人を思い浮かべると、

わたし自身に何が足らないで、何に葛藤してきたかが、

鏡のように映し出されているからだ。

 

便宜上12星座を使うと説明しやすいので、そうしますね。

12星座の向かい合う星座は、例えば、

牡牛座の180度、向かい側は蠍座。

乙女座の向かい側は魚座。

山羊座の向かい側は蟹座。

こうみると、牡牛座乙女座山羊座という土の星座、

地の星座と呼ばれる、現実の感覚に根差した星座の180度には、

必ず水の星座と呼ばれる、感情、愛情の星座があることに気づかされる。

わたしにとって、人生の課題は、牡牛座乙女座山羊座という地の星座にあった。

 

ではその地の星座に学べば良かったのか?

しかし、人生において、その前に立ちはだかったのは、

常に蟹座蠍座魚座という水の星座、感情のテーマだった。

180度という角度は互いに補い合う関係にある。

現実を生き抜くには、感情が必要で、

豊かな感情生活を落ち着かせるためには、地に足のついた現実が必要。

シンプルに言い切るなら、わたしがこの社会の現実を

生き抜いて行くには、どうしても感情が必要だったということ。

 

嫌だ、好きだ、怒っている、愛している、悲しい、うれしい、などの感情があってこそ、

自分自身の中に、こんな風に生きたいんだ、そういうニーズが生まれる。

そのニーズを満たすために、

しっかり現実に地に足をつけて生きていこうとする。

 

それが心配や不安を払しょくするために、自分の感情、ニーズを無視して、

現実だけを手堅く生きようとすると、無理があるし、どんどん苦しくなってくる。

 

場合によっては、気づかない内に、自分の感情を抑圧し続け、

自分のニーズに全く気付かない場合もある。

わたしの場合であれば、感覚に根差して現実を生きていくには、

蟹座、蠍座、魚座の感情をわたし自身が存分に生きることが必要だった。

 

どこに手がかりがあるのか?

特にわたしの場合は1ハウスが蟹座にあり、川であれば水源、水の源であり、

にんげんであれば、感情の源泉は蟹座にあった。

すべてはここから始まる。

天秤座生まれのわたしの人生の軸は、

実は蟹座であったことを思い知らされた人生。

 

しかも3ハウスにある乙女座、11ハウスにある牡牛座との連携が鍵を握る。

つまり、自分の感情を取り戻し、その溢れる感情を用いて、

身近な人に尽くす仕事としての3ハウス乙女座世界。

しかし、ガーデニングなどできれいに線引き、境界線を引く乙女座の感覚も、

不可欠だった。

 

あるいは、音楽や五感を通じて豊かにみずからの感情をさらに取り戻していくという、

11ハウスの牡牛座の世界。

この牡牛座の世界は、蟹座と連動し、肉体に根差した豊かでハートフルな感覚、

味わい、安心を与えてくれるものだった。

 

これらがある程度満たされてはじめて、

3つ目の地の星座、山羊座の社会での責任を負うよろこびを

全うできる。

そういう仕組みになっていることに気づかされた人生。

 

星は受け身で、星の影響を受け取る感覚ではなかなかうまくいかないと、

わたしは感じた。

やはり、自分の感情を取り戻すのが原点。

そして己のニーズを感じ、こんな風に生きたい、

そう心から想う。そんな主体的な自動詞の人生を生きようとしたとき、

星はあなたの後から付いてくる。

そんな気がするのです。

 

木星が蟹座にある2026年前半辺りまで、特にあなたの安心できる感情、

あなたのニーズを満たす感情と出会えるタイミングかもしれません。

月が天秤座の日に!

 

2025年 10月20日(月)
 

心の調律びと、ゆう屋。でした。

 

そこに月がある!

月はわたしの感情。

もう感じることに遠慮はいらない!

 

「月、ゆう屋。の窓辺にて」

まだ朝の3時31分。

風の中に雨音。

新聞配達のバイクの音が通り過ぎていった。

 

月は無意識であり、習慣だとしたら、

最近のわたしの習慣にしているのは何だろうな?

そんなことを思いながら、目覚めた。

 

日によって違うけれど午前3時から5時前後には目覚め起床している。

2階の窓辺の部屋で、パソコンに向かっている。

数日前にわたしの家にやってきた木魚のサンショくん。

もちろん叩かない日はない。

その乾いた音がなんともいえない。

 

一日の内に、何度も木魚のサンショくんと顔を見合わせる。

愛嬌のあるサンショくんの顔。

木魚の音は今のわたしにとって、

飽きの来ない、不思議な音。

人生ってなかなか説明できないけれど、

ただただ叩きたくなる。

木魚を叩くと、人生は理屈じゃないと分かる。

 

朝の般若心経を読む時だけではなく、家の中で顔を合わせると、

無性に叩きたくなる。

生きる手ごたえなのか、リセットしてくれるのか、

説明のつかない木魚の乾いた音。

答えなんて無いのだ。

まだ一週間も経たないのに、すっかり生活になくてはならなくなった、

木魚、サンショくんの乾いた音。

 

そして手作り注文したウクレレの完成は6か月後だが、

まもなくやってくるウクレレの音は、

木魚とはまた違った味わいなのだろう。

そういえば、おそらく今週、レンタル用のウクレレが送られてくる。

ここ1年6か月で家じゅうの思い切った断捨離を行った後に飛び込んできたのは、

木魚とウクレレという2つの音だった。

全く予想さえしなかった。

 

今も外の暗みから、風と雨の音が結構はっきり耳に聴こえてくる。

わたしはこれからの10月11月12月と、人一倍、

誰のものでもないわたし自身の感覚、感情に素直に生きようとしているのだろうな。

もっと自分の感覚や感情に正直に生きることを、

みずから思い出そうとしているのだろうな。

 

木魚の音、これから来るウクレレの音、

父が遺した庭に落ちる栗、今年はなぜかたくさん実っている柿の実。

庭に毎日足を運ぶようになったのも、

いい気分転換になっている。

庭の草抜きや、樹木の剪定に没頭できる時間。

 

さらに、毎日身体が熱くなる筋トレ。

三日に一日は外へ駆け出す、スローランニング。

ここ1年半の断捨離を終えて、

かなり開いた家とわたしの心のスペースに訪れたのは、

わたしの肉体の感覚を呼び覚まし、

わたし自身の感情、ニーズに素直な暮らしなのかもしれない。

頭でっかちもいらない。

 

自宅が仕事場でもあるわたしは、

たとえ仕事が無くても、一日を主に2階の部屋で、規則正しく過ごそうともしている。

どんなことよりも、まずは自分自身の感覚、感情、ニーズを満たすことに

目覚めたような気がする。

それを可能にしてくれたのはこの1年6か月のあくなき断捨離と「怒り」という

エネルギーととことん向き合えたからだと感じている。

断捨離はただ、自分の感情やニーズを知るため、開くためだった。

 

今のこのブログの変化も、

まず自分自身のありのままの姿、自分自身のニーズを満たす。

自分の感じる心に耳を素直に傾ける。

それがよろこび、楽しみでも、不安や怖れであっても、素直に耳を傾ける。

そんな生活になってきているのかもしれない。

 

こんな文章は誰も興味がないかもしれない。

それでもまず自分が書きたいものを書く生活。

自分自身の感覚、感情それ自体が目的であってもいい。

私小説の作家みたいな。

そこを充分満たしてあげた時に、

わたしの何かが始まることを、

もうわたしは知ってしまったから。

 

月は、今日は天秤座へ。

今は蠍座にも惑星が集中。

天秤座さそり座というと、人間関係の葛藤もイメージしますね。

そんな時だからこそ、

自分自身の感覚、感情に立ち戻ってみる。

自分軸を育てているのかもしれない。

すべてはそこからはじまるのだから。

 

それでは、また、お会いしましょう。
 

2025年 10月18日(日)
 

心の調律びと、ゆう屋。でした。

そこに月がある!

月はあなたの感情。

月はわたしの感情。

 

もう感じることを誰にもじゃまされない!

 

「月、ゆう屋。の窓辺にて」

 

毬ごと栗が落ち始めました。

足で毬を上手に踏んで、栗を取り出します。

栗の実は濃い茶色。皮がつやつやして、ぷっくり膨らんでいる。

堂々としている子どもみたい。

自信に満ち溢れている子どもみたい。

なんか気持ちがいい。

ぼくはぼくっていう感じがいい。

 

指先や手のひらでその栗の実の感触を楽しんでみる。

結構大粒で、つやつやな栗の実みたいな筋肉がついたら、

おもしろいなあ。

 

立派な獲りたての栗の実をみているとね、

元気になる。

そうか、栗の実はぼくの筋肉になるのかもしれないな。

これは発見。

 

栗はゆでてスプーンで掬うか、鳥取県産のはちみつをつけてたべる。

クマのプーさんみたいな気持ちになる。あとは、栗ご飯。

 

結局、食べきれないので、生前父親が倒れたり、大変だった時助けてくれた

近所の2軒の家には栗を持っていく。

もっとご近所の人におすそ分けしたけれど、八方美人みたいで、

いちいち持っていくのは、嫌なんだ。

 

だから最近よく挨拶してくれて、

何気なくわが家の庭に寄ってくれる少年がいる。

そんなに社交的ではない。素朴に虫の世界が大好きな少年。

小学3年生くらいかな。わが家の庭の向かいのアパートに妹と両親と、

家族四人で住んでいる。

彼が立ち寄ってくれた時、栗と柿をあげた。

栗食べれる?って聞いてみたら、

うなずいてくれたので。

 

いかにも差し上げますよ、そんな風に他の人の家の玄関まで行って、

大げさにあげたりするのが好きじゃない。

 

ここ数年、庭の壁をチェロチェロ歩いているカベチョロにしか興味を示さなかった少年

が、わたしがもくもくと草を抜いたり、木々を剪定していると、挨拶をしてくれるようにな

ったのはなぜかはよくわからない。

 

これまではずっと、こちらが声をかけてもあまり反応がなかった少年が、

なぜか気分転換に庭で作業に熱中しているわたしに、声をかけてくれるようになったのは、

彼が少しだけ大人になったのか、最近はあまり人目を気にせず、

庭の作業を楽しんでいるわたしのことを認めてくれたのかな、とも思う。

 

飾り気のないのがいい。少しだけ大人になったよ、こんにちは!

そんな感じで挨拶をしてくれるのが、うれしい。

毬に守られて落ちてきた大粒の栗。

栗はやっぱりつやつやした筋肉だ。

身体も心も、こんなつやつやな張り切った栗の実みたいになりたいな。

 

ぼくはぼく、わたしはわたし、そんな風にきっぱり堂々と生きている栗の実。

でも決して他の物を拒否なんかしていない。

 

幼い頃からずっと、なかなか父親との関係において、境界線を引けないで、

あえいでいたわたし。でも今は、境界線をしっかり引けるようになった。

栗の実のつやつやな皮みたいに。

 

もう傷ついた月、傷ついた感情を癒そうとしなくていい、

なぜなら今のわたしの月、わたしの感情には、

どんな感情だってゆるされている。

基本的に我慢はしない。

だからもう月を癒すのは必要ない。

 

泣きたいときに泣いて、腹が立ったら腹を立て、うれしかったらうれしくて、何もかもあ

りのままでいい。

人間の苦しみのほとんどは、

「感じてはいけない」と思わされてきた感情から生まれるみたい。

 

どんな感情も我慢したりしないでね。

それでは、また、お会いしましょう。
 

2025年 10月15日(水)
 

心の調律びと、ゆう屋。でした。

 

 

 

 

 

そこに月がある!

月はあなたの感情。

月はわたしの感情。

もう感じることを誰にもじゃまされない!

 

「月、ゆう屋。の窓辺にて」

 

今日、月は蟹座だった。

蟹座って、安心。

自分の気持ちを安心して出せそうな居場所。

そんな場所ありますか?

どんな人も、ちゃんと見つけている?

なんとか見つけようとしている?

今自分が安心できる居場所を。

 

わたしは思い立って早朝、12年ぶりにある人に連絡を取った。

12年前ではあるけれど、一年近く、共に涙や苦しさも共有したある人に、

なぜかそれが今朝だった。

12年間一度もそんな気にはならなかったのに。

その人は今、ウクレレ製作やウクレレを教えたり、歌ったりしている。

わたしの心のどこかにいつもウクレレはあったけれど、

でもどうせ三日坊主そんな感覚がわたしにはあった。

 

しかし今朝はなぜか迷いがなかった。

facebookでのやりとりはたちまち動いた。

ウクレレで、この曲だけでも弾けたらいい、と思った。

だから一切迷いなく連絡を入れた。

その曲はBJトーマスの、「Rain drops keep falling on my head」。

ウクレレを注文。出来上がりが6か月後、20264月になる。

 

出来上がりまでの6か月が、うれしい。

 

それまで無料で貸してもらえるレンタル用のウクレレが近いうちに送られてくる。

初心者用の教則本と一緒に。

早朝、次々に水面を切る小石のように決まった。

 

今日月は確か、蟹座。

気が付いたら人は誰も、自分なりの安心を求め動いていくのかもしれない。

それはどこか遠い、今とは別の場所に出向いていくことなのでしょうか?

 

いいえ、家の窓をさりげなく開けて、月に向かって、まだ弾くことが出来ないウクレレを

抱っこしてみる。

ただそれだけでもいいのかもしれない。

 

どんな感情も我慢したりしないでね。

また、お会いしましょう。
 

2025年 10月14日(火)
 

心の調律びと、ゆう屋。でした。