神様は存在する
そう思うから 人間は自制する
見えないから いないのではない
僕は 高校生時代 仏教の影響を受けた
「水」にも 「命」がある
この言葉が 今でも 時折 心の中に 鳴り響く
30代半ば クリスチャンじゃないのに
イエス様の夢を見た 顔を見ようと思ったが 顔があげられない
でも 手を触ることが出来た
細い指 女性の手の様だった
周囲の光景 はっきり 覚えている
それから 数年経って 洗礼を受けた
受けなければ 僕は この世の「悪」をなす
とんでもない人間になっていると 今でも思っている