生きることは辛いですか?
それとも楽しいですか?
それとも何も考えず、
日々の時の流れに身を委ね、お暮らしでしょうか。
人間は何故悩むのでしょうか。
隣人が幸せそうに見えたり、
メディアに登場する富の豊さを誇る人々が幸せに思えて、
自分が惨めと思うからですか。
そう思うなら、その人は生涯、幸せに無縁の人です。
他人の生活と比較して、見せる幸せ、などありません。
虚栄を幸せと勘違いしているだけなのですから。
幸せになりたい。
愛が全て。
求めるだけの幸せ。
求めるだけの愛。
それを幸せ、愛と思いますか。
それは欲望ではありませんか。
人生、一度だけで良いですから、
思い切り、あなたの愛を貫いて見ませんか。
男と女の愛なら命を賭けて。
また、この地球に存在する生きとし生けるもの全てに。
あなたにとって愛とはどの様なものなのでしょうか。
愛とは求めるものでなく、与えるものだと思うのです。
世界に生きる全ての命は、他の命を頂くことによって生きています。
修羅の世界に生きているのです。
静かに、世界のこと、命のことを考えれば、
人類の愚かさに、誰でもが気付きます。
愛は献身です。ですから、後悔などありません。
もし後悔することがあったなら、それは愛ではありません。
愛は修羅の世界で光輝きます。
語るものでなく、沈黙を伴う行為なのです。
愛を受けとめられる人は、それを理解し、
感謝し、心の中で慟哭します。
感謝は時にあまりに大きすぎて言葉にならない時があります。
辛さ、切なさを愛で、微笑みに代えて生きましょう。
人間の最も美しい姿は苦悩に生きながら、
微笑みを絶やさない人です。
若者、老いたる者、年齢に関係ありません。
若者が純粋だとは、限りません。
また老いたる者の経験は、時に人間を臆病にします。
学びが足りないが故に、
社会を批判的に見ることしか出来ない人が多すぎます。
また他人に良く見られたい。
卑屈な感情に心を支配されています。
自ら過去の歴史に生きた先人の過酷な人生を謙虚に学び、
過酷さに耐えうる心がまえを身に付けるのが学問の学びです。
大切なことは、
過酷さや欲望に耐えて、
理想や希望を棄てないことです。
愛は修羅の世界を正す妙薬です。
現代はメディアを巧みに駆使することで、
たったひとりの人間でも世界を変えられます。
生きる意味に大小はありません。
愛を貫く強い意思だけです。
目に見える大きさに怯えないで下さい。
どんなに大きな欲望でも、愛は全ての欲望を包み、愛に変えます。
夢は貫くことで、形は変わっても実現します。
人類の歴史を振り返れば、
愚かさの中に細やかな愛が息づいていたからこそ、
人類は命の継承をしてこれました。
あなたの小さな愛を大切にして生きて下さい。
いつの日にか必ず大きな愛になりますから。
愛は育てるものです。
どんな過酷な人生でも棄てないで下さい。
あなたの細やかな、小さな愛が
この地球を支えていることを忘れないで下さい。
人生、一度だけで良いですから、