はじめまして。

自己紹介はさておき、

 

…きっとこのブログに辿り着いて頂いた方は、

 

きっとこれまでにいろんな苦しみを経験してきた勇気のある方だと思うのです。

 

 

あるいは、いまだそれらの現実をどうしても受け止められずに、

 

もがき、

 

苦しみ、

 

いつもそのことについての出来事が重たい重たい頑丈な鉄の鎖(くさり)がからみついてはなれないような、

 

そんな時を過ごしている真っ最中なのかも知れません。

 

 

 

私も、ほんとうにたくさんの時を、

 

その出来事や苦しみに明け渡して、縛(しば)られていた時代が、

 

 

 

…ずっとずっとありました。

 

 

 

 

未来永劫(みらいえいごう)、

 

ずっとそのことをそっと秘密の箱にしまい込んで、

 

 

自分がいつかこの世をはなれるその時まで、

 

 

 

だーれにも言わずに、

 

だーれにもバレないように。

 

 

 

 

…ひとりの時にそっと泣き、

 

あるいはたくさんあふれる涙や悲しみや苦しみをを抑えきれずに、

 

どこにも持って行きようが無い気持ちを持て余したままに飽和させ、

 

 

…そんな自分を内緒で居続けようって。

 

 

…、

 

内緒で居続けようって……、

 

………。

 

 

 

 

 

 

そうなんです、私は今の幸せに至る迄ずっと、

 

誰にもバレないように表では笑って、

 

…あなたと同じように、ぐさぐさに傷ついている傷口をそのまんま何のケアも行わずに、

 

悩みなんてなんにも無いよって程まで人に思われるくらいに何食わぬ顔をして、

 

そんな風に日常を死にものぐるいで普通に過ごしていた私でした。

 

 

 

(ちなみにこのことは、今も兄弟や家族にも全く言っていません。

大事な人程、そしてもう若くない母…父は他界しましたが、

彼ら彼女らに心の準備もないままに傷つけたくない思いからでもあります)

 





でもある日、

 

 

私は気持ちの扉と過去の扉が『バン!!!』と大きな音を立てて開かれてしまったある日、

 

 

重度鬱病という全く身動き出来ない状態になり、

 

 

神様から『強制休養』という形の『再生のチャンス』をもらいました。






 

 

私は幼い頃から青年になるまでの様々なひどい事を、

 

本来ならとても暖かく抱きしめて欲しかった実の両親の手により、

 

 

痛い事や苦しい事や、

 

 

言われたら哀しい事を受け止め続けて、

 

 

そして、必要だった生きていく為の衣食住の術は、

 

 

どうにも得る事が出来ない時代が長い事ありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ですがその事は、その当時の幼い時の私はごくあたりまえに受け止めていたので、

 

 

 

 

…『なんでうちの家はみんなの家と違う事が起こっているのかな?』

 

 

…『なんで私はたくさんの大人に「かわいそうな子」という言葉だけ何故かもらって、

それでも誰もその困っていることを全然助けてくれないのかな。』

 

 

…そう、いつも心で思って生きていました。

 

 

 

 

それでも皆さんご存知の通り、

 

 

子供には現実を強く生きる力を神様からもらっているので、

 

 

 

それでも、どんなに理不尽だろうと、自然に「生きる」とこを実行してしまうのが子供というもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ですが……。

 

 

 

ある日大きく成長するにつれて、

 

 

『ン…?なんかこれはおかしい事らしい……。』

 

 

『この状況は幸せな命の生き方では無いらしい…?』

 

 

 

そう気付く日がどんどん増えてくるのですよね。

 

 

 

 

 

 

それがはっきり分かったある日のことです。

 

 

強烈な自己否定と、生きるという力が一瞬で燃え尽きてしまう。

身体はあるのに、心は抜け殻という、

 

 

 

そして何よりも、人との繫がりが信じられなくなるのですよね。

 

 

先ほど言った『重度鬱病』と『パニック発作』が同時に訪れて、

 

私はその場でぶるぶると過去の記憶に震えてそのまま感情を麻痺させてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

鬱病という病の最中は、安心安全な空間があるのにそれに気付けずにいて、

 

 

寝る事も起きる事も出来ずに時に幻聴や幻覚を見ている事もありました。

(幻聴や幻覚と気付いているのに、思い出して恐怖がよみがえるような…そんなことの繰り返しでした)

 

 

でもです。

 

 

まずそれに関して語る前に知っていて欲しい事。

 

 

 

 

…待って下さい!!!!!!!!!

 

 

 

 

こんな事があった私は、

 

 

 

今最高に幸せになれている事実と現実があります!!!!

 

 

 

鬱病や様々なトラウマは、

 

大体の場合は多くの方にとっても治りがたいとされている精神的な緊急停止や故障のような状態ですが、

 

 

まず必ず回復出来るという希望と事実は知っていて欲しいのです。

 

 

 

いまこちらに書いただけではなく、

 

 

私は本当に様々な、

 

「ちょっとあり得ないくらいの貴重な経験」

 

 

そんなことが沢山沢山ありましたが、

 

 

そんな様々な人生経験を得ながらも、

 

 

少しずつ心の軌道修正をしたことで、

 

 

それは試練という最高のギフトだったんだと思える今があります。

 

 

そんなギフトセットの箱のそのまた裏蓋のような秘密の場所には、

 

沢山の喜びを見つけ出す為の秘訣を教えてもらい、

 

今は最高な幸せに人生を生きています。

 

 

 

 

 

子供の頃の稀な程の家庭環境、

 

劣悪な環境での極貧の日々の暮らしと日常的な差別、

 

気管支ぜんそくでもなかなか病院に連れて行ってもらえなかったので、

一ヶ月ほど汚いお布団の中でぜーぜーいってた小学校時代とか、

 

アレルギーや肌の荒れで肌を出す事がずっと出来なかった、

女の子なら本当な一番綺麗な時期、

 

バブルという物質重視の時代の中での、

劣等感に満ちた心とそれから抜け出せなくて、

なにもかもを諦めていた時代。

 

なのに、女の子である事を傷つけられ続けていたのに、

それを普通だと思い込み何も知ることができなかった自分、

そんな私はいつも生きる価値等無いと四半世紀以上、

そんな気持ちばかり抱いて、夢も無くなんにも無く生きてきてしまいました。

 

そして思春期に自分が醜いという思い込みで、鏡を見れず醜形恐怖症だった数年間。

 

 

胸に命に関わる病で大きな傷もあり、

 

好きな素敵なお洋服を着るにもそれが見えてしまい嫌で嫌で辛かった事。

 

 

 

貧しさとコンプレックスを克服したいが為に、自分を大事にできなかった働き方、

 

 

ようやく幸せを掴んだと思ったらある日突然の重度鬱。

 

 

 

 

 

 

 

 

でも…、

 

 

でも……。

 

 

 

必ずそれは自分を大切に扱う事とは全然違うよって、ようやく気付けました。

 

 

 

 

 

 

話は変わりますが、

この私のプロフ写真は、クリスタルのお花なのですが、

 

 

…光の中にあるからこそこうして輝くのですよね。

 

 

 

 

本当はこの世に命を受けた誰もが、

 

 

この輝くクリスタルのお花だと私は今なら心から思えてます。

 

 

 

 

 

…このお花は、暗い光の無い中では決して輝けません。

 

 

 

 

もしあなたが、

 

そのクリスタルのお花であるのに輝けていないのなら、

 

 

 

 

 

…私はそんなあなたに是非少しでもその暗ーい部屋のカーテンを開けて欲しいのです。

 

 

 

 

 

 

…もしかしたらそれは、私などよりも深い苦しみや出来事が理由かもしれない。

 

 

 

でもです。

 

 

 

それでもどうか、私はそんなあなただからこそ輝いて欲しいと思っているのです。

 

 

 

 

どうかどうか、

 

 

 

このブログに辿り着けた、

 

 

そして、私の過去の経験が、

「あ、私と似てるかも。」って思えたなら、

 

 

 

是非たまにでもいいので遊びにきて下さい。

 

 

 

 

いつも、いつでも。

 

私はあなたの輝く姿を信じてここにいます。

 

 

 

 

 

どうか、必要な方にそれが届いてくれますように願っています。

 

 

 

最後迄読んで頂けた、輝きの源をもつあなたに。

 

 

 

 

出逢って頂いてありがとうございます。

 

 

 

愛を込めて。シュクラより。

(サンスクリット語で「金星」という意味を持ち、同時に「輝きをもたらす者」という意味です。

あなた自身がどうか、輝く人でありますようにという思いをも込めて。)