遠方で一人暮らしの父が
どうやら アルコール性認知症を発症
長男崇拝思考の両親に
甘やかされて育った兄は
何度か借金を親に肩代わりさせ
20年程前に出て行き
約15年音信不通で
母の葬儀にも来ませんでした
汚屋敷と化してしまった
実家の修復と介護問題
父名義の不動産と
更に 祖父が遺したまま
名義変更すらせず
ただで知人に貸している
借地に立つボロ家
その借地を更地にした上で
地主に返還しなくてはなりません
2軒分の解体費用はどこから出す?
相続放棄したとしても
管理義務は残るという地獄
兄よ 出てきて半分責任 負えよ
介護と複雑な相続問題で
心が壊れかけている私です
これから始まる 遠距離介護と
父・兄の無責任さから
結果的に丸投げされた
大きな大きな問題の
処理をしていくにあたり
少しでも
モチベーションを上げる材料を
探してみようと思います
子どもが 結婚や就職で
実家を離れると
寂しさから
『帰ってこい、帰ってこい』と
催促する親も居ますよね
かなり しつこい場合も…
本当は もっと孫や娘の顔が
見たかっただろうし
盆正月には 実家に泊まったりして
少しでも長く滞在して欲しかったと思う
でも 両親は それは言わなかったかな
義母が その逆のタイプで
私にも 度々催促の電話があったけど
私の両親に対しても
顔を合わせたり 電話で話す機会があれば
『もっと顔が見たいけぇ』
『もっと仲良くなりたいけぇ』
と もっと頻繁に帰ってくるように
私に 伝えて欲しいような事を
言ってきてたらしく
それもあって
『うちは いいから
〇〇の方に帰りなさい』
と言ってくれたし
天候が悪かったり
妊娠中や 息子が小さかった時など
事故や 体調悪化を心配して
無理に帰省しなくていいって
言ってくれたりもしてました
まぁ そう言われたからって
殆ど 泊まりもしなかったのは
やはり 昔の事もあって
親子関係が 良好では無かったのも
大きいですね
あと 私からお願いした訳ではなく
自分たちで相談して
私の負担にならないようにと
永代供養の手続きをしてくれました
有難い事だったのですが…
それよりも重大な問題は
放置され 山積みのまま…
っていうね…
出来れば 祖父が残した大問題を
処理してて欲しかった…
あと
息子のチックがピーク期だった頃
両親に伝えたら
母は?だったけど
父は
ハンデがあってもいい
Ryuが それを気にせず済むように
普通に育ててやればいい
と言ってくれて
涙が出るくらい嬉しかったなぁ
ピーク期には チックが悪化すると
言われていたゲームを
あまりさせてやれなくて
代わりに息子が
将棋や囲碁に興味を持った時があって
その頃
夏休みに帰省した際に 息子に
得意の囲碁を教えてくれました
教えながら父が
『おーーRyuは飲み込みが早いのぉー』
『Ryuは 頭がいいのぉー』
と 褒めちぎってくれたので
息子が 得意げな顔をしたのを覚えています
『もぉ なぁんもわからん』
『なんもしたくない』
『全部 亜衣がしてくれのぉ』
と 呑んで寝てばかりの父ですが
『Ryuが またじいちゃんと
将棋したいって言ってるから
お酒やめて きちんと日中に活動して
認知症の進行を 食い止めようね』
と言うと
『おー Ryuがそんな事言っとるか
じゃぁ 教えてやらんといけんのぉ』
と シャキっとします
まぁ またすぐ忘れて
呑んだくれるんですけどね
若い頃から囲碁が大好きで
かなりの腕前だった父が
母が亡くなってしばらくしてから
『もう 囲碁はやめた つまらんけぇ』
と言うようになりましたが
つまらなくなったと言うより
飲酒で 認知機能が著しく低下し
もう わからなくなったからでしょうね
得意だったことが
理解できなくなって
それで つまらなくなったんでしょう
今日も まだ寝てるでしょうね
…ってか いつ電話しても
飲酒して寝てる
私も 私の家族も
お父さんの為に
犠牲にしなくちゃならない事も
多々でてくるんだから
お願いだから お父さんも
努力して欲しい…
って伝えてみたけど
認知症に 努力を求めるのが間違いか…
あ…いいとこ探しのはずだったのに