Aiの半生!本当にやりたかったことに出合うまでの日々
Amebaでブログを始めよう!

幼少時代

昭和の良き時代、とある下町に生まれたビックリマーク


とても、裕福とは言えない家庭の三番目ひらめき電球


姉と兄と私女の子男の子女の子


姉とは仲が良かった記憶は無いあせる


記憶にあるのは、3歳ぐらいの頃 毎日兄に連れられて、近くの小さな商店街の一角にたこ焼きを買いに行ったことDASH!


兄は十円を手にして、当時一個五円のたこ焼きを二つ買いに行ってたチョキ


そして、たこ焼き屋さんのおばちゃんが、毎日一緒にいる私に一つオマケをくれていたことグッド!


小さな私にとって、たった一つのたこ焼きが、とても大きく感じたことを覚えている叫び



丁度この頃、父方の祖母がなくなった時オバケ


小さな私は、その事実を知らないまま一人家で寝かされていたらしいぐぅぐぅ


まだ小さな頃なので、知らなくても仕方が無いのだけれど…


何も知らない私は、ふと目覚めた目


当時、必ず要るはずの母の姿が発見できずに、泣き喚く私しょぼん


トイレに行くたくなって、表の路地の溝で泣きながら小便をした記憶があるあせる

(アパート住まいだった当事の家には、共同トイレしかなかったので、一人では怖くて行けなかった)


その時、遠くの方から母を発見した私は、更に泣き喚いたようでしたが…しょぼん


このことが、今でもトラウマになっているようで…


隣で寝ているはずの誰かが、目覚めた時にいないことを極端に嫌がってしまうようになった叫び


それは、大人になった今でも変わっていないハートブレイク



4歳になった頃には、朝から家を出て行って、近所の男の子の家に入浸りだったようで家


夕方まで家に帰らなかったと、大人になってから母から聞かされた耳


大人になった今でも、家を出るといつ帰るか分からない汗


子供の頃から、何も変わっていないのかもしれないな~あせる

いつも歌っていた

子供の頃の夢は・・・


歌手になることだった。


当時はアイドル全盛期音譜


当然、夢見ていたのはアイドル歌手宝石赤


でも、その夢は高校3年生の頃に儚く消えていったドンッ


簡単に言うと、高校3年生の頃に諦めたダウン


ただ、歌うことが大好きだったから、心のどこかに歌い続けたいという思いだけはずっと消えなかったひらめき電球


そして、いつも歌っていたカラオケ


正確には、ずっと歌っていたらしいあせる


自分では気づかない間に・・・


周りの人から『いつも歌ってるニコニコ』などと言われて、振り返ってみるといつも歌ってたような気がするカラオケ




40歳もとうに超えたある日、知り合いのバンドマンからメールが着たラブレター


新しくバンドを組むにあたってのボーカルの誘いだったカラオケ


正直、は大好きだけれど音楽には全く興味がなかった。


それだけに少し戸惑いがあった。


と同時に、目の前に光が射したのも事実だった。




今まで職を転々と変えて、結婚もせず、自由に生きてきたものの、将来を考えた時にやりたいことがなかった。


というより、本当に歌いたいという思いしかなかった。


だから、歌える言うことに対する喜びが大きかった。


バンドのメンバーにも恵まれて、今は本当に幸せと感じられる日々と出合えた音譜


ただ、今の歌えるのも、今までの色んな経験があってこそだと思えるようになった。


今まで、沢山の人と出会い、沢山の経験をしてきた。


そんな人々や出来事を振り返ってみようと思う。