Sside




「翔ちゃんって、案外肉食系なんですねぇ。」

「大きな音がしたので来てみたら、

翔ちゃんたら、潤くん押し倒して、

何やら淫らなことしているんですもの。

私、驚いちゃいましたよー。」



小麦粉をかぶった俺は、

とりあえず身綺麗にしようと浴室に向かおうとしたところ、

ニノに声をかけられた。



ニノ、あ、いや二宮さんよ、

その笑ってるのに

笑ってない目はなんだろうか。

揶揄ってるの?怒ってってるの?どっちなの?



「いや、待って!

誤解しないで欲しいんだけど、けして押し倒したわけじゃなくて、松本くんの頭上から色々降り注いできたもんで、咄嗟に庇おうとしただけなんだ!」


「へー、ほーぅ?」


「ただ、俺の足がもつれて、彼を巻き込んで倒れちゃったけれども!」


「ふーん、で?」


ニノは壁に背を預けたまま、

俺の方に顔だけ向けて微笑んでいる。

ニノは笑うと目尻にクシャッと皺が寄るのが特徴的なのだが、

今はなんの変化もない。

つまり、作り笑いというところか。

とにかく、彼の誤解を解けば、

いつもみたく笑ってくれるはずだ。

そう考えた俺は気合を入れて弁解を始めた。



「ただ、その後、松本くんの下唇のあまりの柔らかさに、思わずはむはむしちゃったことは弁解の余地はありません。」



ん?弁解を始めたはずなのに、

俺、弁解の余地がない

って言ってしまっているし。

っていうか、俺は何をさっきから言っているんだ。




「ほーって、はぁ!?下唇!?はむはむ!?初耳なんですけれど!

っていうか、潤くんに何してんだ、この撫で肩野郎!!その話、kwsk!」



「に、に、二宮くん!ちょっとタンマ!!

首が絞まる、絞まるっていうか絞まってる!普通に悪口入ってたよね!ってかそれのことを言っていたんじゃなかったの!」



案の定、ニノは血相を変えて俺の元に駆け寄ると、俺のシャツの襟を掴んで前後左右にガクガク振り回す。

遠心力も相まって、絞まってますけど!

っていうか、二宮サン!その力はどこから来るんですか!!



「ニノ!頼むから、俺が悪かったから、

一旦冷静になってくれ!いつもの二宮さんに戻ってくれ!」



「はぁ?私はいつだって冷静ですよ!おかしなことを言っているのは翔ちゃんでしょうが。」


「おっしゃる通りです。」


「まぁ、私も予想以上の展開に白熱してしまったことは認めましょう。

それで?そのはむはむってなんですか?」



ニノは何事もなかったかのように、スマホを取り出すと操作を始めた。

俺も壁に背を預けて、右耳を弄りながら言葉を選ぶ。


「いや、まぁ、実は松本くんの上に倒れ込んだ際に、たまたま俺の唇が彼の下唇に当たったみたいでさ。それがめちゃくちゃ柔らかくて。俺、目を瞑っていたし、何よりも勝手に体が動いたっていうか。」



「…普通ははむはむする前にその正体を確認しません?」


ニノは怪訝そうに俺を見上げて首を捻った。

正論だ。

普通はそうだし、

きっと普段の俺ならそうする。



「普通そうだよなぁ。けれど、今回は考えるよりも先に体が動いた感じなんだよな。俺の唇がまるでそれを覚えてるみたいに、本当に自然で違和感がなくてさー。」



そう。

吸い寄せられるかのように、

まるで磁石のS極とN極がくっつくかのように、ぴったりハマった感じだ。



ずっと足りなかった何かが、

無くしたパズルの中の1ピースが埋まったような、そんな感覚。



「けれど、松本くんには本当に悪いことしたなぁ。ただでさえ、彼には少し壁があるのに、今よりも厚い壁になったらどうしよう。」



夕食の準備で、少し距離が近くなったような気がしたけれど、きっと次に顔を合わせたら、彼はその気まずさから目も合わせてくれないかもしれない。



「きっついなー。松本くん、優しいから無視はしないだろうけれど、きっと距離はできちゃうなー。それは、嫌だな。せっかく笑顔が見れたのに、見れなくなるのは嫌だなぁ。」



俺は、独り言のように本音を呟いてため息をつくと、黙って俺の話を聞いていたニノがゆっくりと立ち上がって、

目尻をクシャッとして笑った。



「大丈夫ですよ。翔ちゃんが変わらず、そのままでいてくれたら大丈夫です。後は私に任せて、とりあえずシャワー浴びてきて下さい。」



そう言うと、俺の肩をぽんぽんっと叩いた。

俺は、ニノの笑った顔にホッとして、

彼がそう言うなら大丈夫だなと、自然とそう思えたので、気が楽になって浴室に向かったのだった。





「うおー、だいぶ汚れてるな。」

洗面所の鏡に写った自分の姿に、

思わず苦笑する。

小麦粉を被った後頭部から背中にかけて真っ白だ。



「これ、お袋がめっちゃキレる案件だな

完璧に隠蔽工作しなきゃな。」

そう独り言を言いながら、シャツを脱ごうとボタンを外していたら、突然ドアが開いて、血相を変えた松本くんが飛び込んできた。



「うお!びっくりした!何事??」


「櫻井くん!さっき庇ってもらった時に、怪我してない?大丈夫?ちょっと確認させて!」



そういうと、彼は俺の前髪をかきあげたり、

後頭部を触ったりして怪我の有無を確認し始めた。

俺は、突然のことに咄嗟に言葉も出てくることもなく、されるがままになっていた。



「頭は大丈夫そうだね。あとは、背中か確認させてね!よいしょ!」



彼は、俺の頭の確認を終えると、

謎の掛け声と共に突然シャツのボタンに手をかけ、当たり前のように外し始めた。

彼のあまりにも真剣な表情に圧倒されて、なされるがままになっていた俺も、流石にシャツのボタンを外されていることに動揺する。



「ちょっと、松本くん、

何がなんだかパルプてぇぇぇぇぇぁ。」



とりあえず彼の奇行を止めようと声をかけようとした瞬間。



「えいっ。」



そんな掛け声と共に彼はとうとう俺のシャツを脱がせることに成功した。



「ちょっと!ストップ!ストップ!松本くん、俺どこも痛めてないから、大丈夫だよ。」


「うーん、胸もお腹もうん、背中も大丈夫そうだね。」


「松本クン!聞こえてますか!!」




しかし、彼の華奢な体のどこにそんな力があるのか。

俺の制止など物ともせずに、彼の白くて細い指先が容赦なく俺の胸筋、腹筋、肩甲骨、背筋となぞっていく。

そして、夢中になると相変わらずの独り言。



あぁ、神様、俺は今何をしている(されている)のでしょうか。アーメン。

(答え:天使による身体検査です)



「じゃ、次は下も失礼します。えいっ!」



だから、その掛け声は何って、うぉぉぉぉぉぉおおおおい!

俺は咄嗟に彼の両手を掴んで今度こそ制止することに成功した。

っていうか、この子、普通にベルト外そうとしてたよ、え、普通なのか?いいのか?

もう、俺、わかんない!パニック!



とりあえず、誰かHelp me----