12年前だったかな?…お隣の茨城県東海村で臨海事故があった

記憶する福島県民は多いだろうと思う

原電を抱える福島県民としては、かなり衝撃的な事故だった



当時、私は郡山に住んでたけど毎週末のように帰ってきてた
理由は…可愛い姪と甥に会いたいがため(笑)

その事故の時…やっぱり怖かった
何より風向きを気にした



茨城は「干し芋」が特産で…大打撃を受けた記憶がある

おじいちゃんが大好きだったから、買えなくなって困ったんだ



‥‥それ以上のことが起こってる

「福島県産」の食物は、この先…もっと窮地に追い込まれてく

どうしたらいい?

事故が起こった時から、多少の風評被害は予想できた
…けど、風評以外に、ここまで実際の汚染が広がり続けるとは 正直、思わなかった



水と空気までは想像できる範囲内だった。

空気中の線量が下がらずとも落ち着いたのに、食物への影響が大きく、しかも長すぎる‥‥‥。



一体…どうなっちゃうの?

諦めまじり…ため息が出る‥‥‥。