超個人的に、答えは出ているのだなと思いました。

一つ一つ、こう言うところがわからないと思ったりしていたけれど、夫の真意は私に自分が思うような妻になって欲しいのよね。そのメッセージを本能的には受け取っていて、だから鬱陶しいのよね。

最近特によくそういう話しを私にするのは、老後の人生とか意識しているのかな?
これからも一緒に暮らすのだからこうあってくれと。

感謝が足らないとか、何がなってないとか、こういうのが常識だろうとか。

俺に合わせる気持ちがないことに失望しているって、めっちゃ思ってると思う。

俺に合わせていうことを聞いてくれれば、自由だし、優しくするという事なんですよね。

これってどうなんですか?条件ですよね?これがドーパミンの幸せを与えてるって事なのか!

夫の幸せってセロトニン系と思えるものも、こういう風に感謝するべきみたいになってたり、こう喜ぶものじゃないのとか、型にハマってるんですよ。型にはめた時点でもうセロトニンじゃないですよね?

そんな風に要求されて、はいそうですねって言える人っているのかな?いなくないし、わかっててそれをやる人もきっといますね。ご立派なことで。

このお悩みの女性はそういうやり取りの積み重ねで、フ◯ラする気持ちが全くなくなったと言ってましたが、多分そのうち体そのものが拒絶反応だと思います。

ちょっと不思議だったのは、
私は夫のオ◯ニーのお手伝いをしてるだけと思ったことはありましたが、この相談者さんのように、自分が夫でオ◯ニーしてるだけじゃないかとか思ったことはないです。

我が家と違って、体はそこそこ合うんですね、きっと。

私も安心してぬくぬくしたい。
駆け引きとか、変に相手に合わせるとか、
余計な事を気にせずにただただ無邪気な自分で
いたい、そう思います。
そして、相手にもそうであって欲しいです。
これは求めすぎ?
そんなわがままを受け止めて欲しいかな。

簡単に言えばそれが私の求める幸せで、
それがこんなに難しいのは、
結婚がドーパミン側の制度だからなんでしょうね。