娘さんの私立中学生活のスタート、それは入学前の3日間の英語漬け研修から不穏な空気が流れていました。
その時点で学校と合わなそうな気配が漂っておりました。塾友だった子が多かったらしく馴染めないと。そう言うのはおいおい関係なくなることと思っておりましたのであまり深刻には考えておらずでした。
後から中受に詳しい方から教えていただいたのですが、湘南方面のとある塾からの入学者が多く、あまりいい雰囲気ではないと。
超少人数でそれって、、、。
そして入学3日目には高校は別の学校に行っていいんだよねと娘に言われると言う
それでも公立中学よりは人間関係はまともでした。スクールカーストとか子供っぽい事を押し付けてくる子はいましたけど。その中心人物になんでそんなことするんだと直球でぶつかる娘は、そりゃもめましたが、そんなことは学校も協力してくれて解決していっていました。ちゃんとした学校でした。
ただ娘からは誰にもLineの連絡先は教えない。ここで友達ができるとは思えない。ずっと仮面を被ってるようなものだとも言われ、良かれと思った真面目な女子校が全く合わないようでした。
学校からも言われたんですよ。
娘さんと一緒に掃除をする子は、娘さんが真面目すぎるのでついていけないと思うんですって。
はい?どー言うこと?
超真面目なこの学校の先生から見て、真面目度で規格外ですか?
いや、真面目に掃除して何が悪いんでしょう?
そう思っておりました。
授業の始まる際に日直が起立、礼と言うって言うのあるじゃないですか?それも声が大きすぎるって。キャンプでもないのにと言われ。すいません、ボーイスカウトなんで、、、と言えば恐縮されて、若干この時点で母も面倒になっておりました。
公立高校に行きたいなら公立中学にいた方がいい、理系アピールであれば学校の弱いところなのでと言う作戦でなんとか公立中学へ転校。
公立中学では母が思っていた以上に小学校時代の悪い人間関係が影響して、優等生で転校を引きとめられていたのに、私立で暴力沙汰を起こして追い出されたと信じられない噂が流れそれを気にする父兄までいたことを後で聞きました。
そんなところに居られるわけもなく、私はなんとなく調べておいた、転入できる学校にまさか本当に連絡するようなことになるとはと言う展開でした。
長くなりましたが、我が家が転校に舵を切れたのは、まず1点目は夫が賛成だったことがあります。世のお父様ってそう言うことに消極的じゃないですか?不登校で転校とかみっともない的なことなのか?うちはそんなことが可能なら是非そうできるようにしてと、人任せですが賛成してくれていたのでとても動きやすかったんです。
そして2点目は、今の学校ですが、とても親身になって下さったんです。2度目の転校です。しかも私立をやめて、公立に行って、そんでまた私立って?お母さん、それはわがままではないですか的なご意見もあると思うんです。そう言う事なら転校はないなあと思っていたので、洗いざらいありのままにお伝えして、それで転校できたらと思ってるんですって正直に伝えたんです。そしたら、その先生は今の教頭先生なんですけど、当時は娘の学年の学年主任の先生で、公立の状況にまるで身内のように憤ってくださって、私は泣きそうになりました。
3点目は心療内科の先生ですね。この先生がはっきりと担任が悪い、学校が悪いと娘に断言してくれた事や転校の事を良い選択だと言ってくださった事も大きいと思います。先生はお嬢さんが転校したいのと娘の意志をとても大切にしてくれました。
このような理解者がいたので、再度転校に舵を切る事が出来たと思います。
受け入れ先の学校の理解は大変心強いものでしたが、何よりもは夫であったと思います。
父親が転校に否定的であったら、いろいろ難しい問題もあったと思うのですが、中学受験以上に家族一丸となった転校でした。
夫は転校が決まってから私の知らないところでNGワードを娘に言っていたりなんて事もありましたが、基本娘の幸せのためなら、夫にとって1番大切な世間体を捨てられるのです。本当にそれは凄い事だと私は思います。世間体や世の評価が大切な人がそれを捨てるって大変な事だと思うんです。そんな夫の娘への深い愛があったからこそ転校までたどり着いたのだと思います。
