私が子育てで気をつけたいことは、突き詰めるとひとつだけで、親のエゴで子供を潰さないです。
押し付けはエゴだし、もう勝手にしてと解決能力のない子に全て丸投げするのもエゴです。丸投げに関しては、エスカレートすれば育児放棄につながります。
うちの母がその両方の持ち主だったので、私は自分の子には絶対にこれだけはしてはいけないと心に誓っています
古い話しを掘り起こせば、幼稚園に行きたかったのに行かせてもらえず、小学校に入って周りに誰も友達がいない上に、幼稚園でみんなが経験している事を何も知らなくて、1年生がどれほど辛かったか。
高校受験について中3の時に担任の先生との二者面談で希望を伝えたら、いい選択だと思うとまで言ってもらっていたのに、三者面談で母がブチ切れてそれまでの話し合いの結果をブチ壊しました。担任がやや若かった事もあり、母の剣幕にビビってしまって結局は母の希望に従うことになりました。
私が30も過ぎた頃に、何かがきっかけで母と言い合いになり、私は何のためにいきているのとわめかれた事があります。
何が言いたい?ずっと自分のためだけに生きて来た人が。今更私のために生きてきたとでも主張するつもりなのか?
どこまでもエゴの人でした。
母のような人はパワーもあって、子供にはそのパワー、影響力を振り払う事は出来ません。
仕方がなく言う事を聞いて、母が喜ぶ事をする。
そうやって結果的に子供の成長と自立を阻み、自分のそばから離そうとしない。
ようやく自力で自分の道を歩き始めた時にはそこそこいい年になっているのに、さて、私は何をしたいの?それがわからなくて困りました。自分がいかに言われた事に従って生きていたのかを実感した瞬間です。
同じ頃、
『最近のあなたは親の言う事を聞かなくて全く可愛くない。昔はいい子で大好きだったけど、今のあなたは嫌いよ』と言ってきた記憶は、今でも嫌な思いとともに自分の中から消えていません。
子供の幸せや健全な心を潰してまで、母は何をしたかったのか?それで本当に幸せだったのか。
母のことを語るとどうしても、今になっても怒りが付いてきてしまいます。
自分が親になって、母は実はかわいそうな人だったんだなあと思うのに。
子供を手放したくない思いから、子の成長を素直に喜べない。本人にその自覚は多分ない。わかってさえいないと言う不幸。
私が親のエゴを感じて一番嫌いな言葉は
『育て方を間違えた』です。
は?って感じです。
育て方と言えるような何かを持って、常にぶれずにやってきたつもり?どこかで正しい子供の育て方とか言う教育でもあるわけ?
植物でもないので、正しい育て方なんてないんですよ。その言葉は自分の思う通りの反応をしない我が子への非難でしかなく、そのベースは自分が満たされない不満しかないと感じていました。
子供は好きなように育てばいい。
私たち親にできることは、それはちょっとどうなのと、常識から外れている時に立ち止まって考えさせるきっかけを与え続けること。無視される事もありますし、意味がわからないと言われる事もありますが、それおかしくない?それでいいの?いいならいいけど私は嫌だなと思うよと自分の価値観で本音で付き合う事だけです。
無理やり止めるのは、犯罪に巻き込まれそうな時や、自ら手を染めてしまいそうな時、命に関わるような時だけと思います。
子育てに何か真理のようなものがあるとしたら、当然それは愛だとおもますが、親も子供とともに成長していく中で見失っていけないものを1つあげるとすれば、それは我が子への信頼ではないかなあと思います。
信じて見守ると言うのはなかなか辛いものですが、親もそうやって成長していかないとではないかと思うのです。
