不登校の子の世話を焼いて居心地をよくすると学校に行かなくなるのではという心配も的外れ。
学校に行く行かないではなく、安全な学びの場の確保ができないことが問題であること。
学びや友達そのものを拒否しているのではなく、学校が嫌なだけ。学校が安心できる場所ではないから。
不登校も学びの形態の多様性の1つ。
不登校の子どもを抱えている親が同じことを言っても、子供が不登校ではない親御さん、学校の先生方には理解されません。
クラスメイトを不登校に追いやるような子の親御さんは、不登校になるような子供が問題、うちの子は全く問題がないので何で不登校になるのかわからないと言うでしょう。多くの教師は学校が安心できないから登校できないなんて理解できないと思います。大多数の子が何らか折り合いつけて通ってますよと思っている事を数ヶ月でしたが、肌で感じておりました。
尾木ママ様、本当にありがとうございますと伝えたい。
私の思っていたこと全てを言ってくださいました。
でも、尾木ママ様のような専門家がこのように問題の本質を語っても、それを理解できない学校現場がたくさんあるんです。
私は学校と娘をつなぐ役目だから、学校からお母さんは話しの通じる人と思われなくてはならないから、娘ちゃんを学校に行かせたいというスタンスでいました。それが娘ちゃんにかえって辛い思いをさせてしまいました。
学校が安心できる場でないなら、義務教育に置いて、学校が子供の安全のための努力をしていないならば、そんな学校に子供を行かせる必要はないし、危険な学校に行きたくない、行かれないと意思表示できる我が子のことをもっと高く評価していいと思います。
1番の問題は、学びの意欲があっても、その学校には行かれない状態の子には現実的に居場所がなく、学びに対する意欲があればあるほど学校からはとにかく学校に来て、クラスに入るよう言われ、我慢強い子ほど我慢してクラスに顔をだし、辛い思いをしてしまい、余計に傷つくことになります。
学校に無理していかせなければ、これほど傷つかずに済んだのにと、無事私立に転校し、恵まれた学校生活を送っている娘の姿を見てもそんなことを考えてしまうことがあります。
前は仲がよかったのに、公立中学で問題児扱いされて、変な噂を流されたことから疎遠になってしまった友達と街中ですれ違った時に、視線があったのにすっと目をそらされてしまったりすることがあるらしく、そのことで悲しくなるようなのです。そのことでまた傷ついているのかと思うと負の連鎖はなかなか切れないのだなあと悩ましいです。
どうしたら娘の心の傷を癒すことができるのかと胸が苦しくなります。
