続きの皆さんコメントより
家族や生き方のこと
@メッセージのあの文は
別に相談ではなくて
呟いているわけで
答えを求めているとは限らないです
呟くというのは
少なからず文章にしますので
頭を使います
ですから
自分の思考がみえてきます
そして考えがまとまります
すると自分の本心が見えてきます
そう、客観的にですね。
その練習に使っていただければ
いいとも思います
今日は何を呟こうかー、
というのもアリなわけです
(ここのコメントに書いてくださってもいいのですが)
さて皆さんのコメントを
いくつかシェアします
関連の部分を抜粋して載せますね
■私は既婚ですが、子供が欲しかったですが叶わなかったので、子持ちの家族の話題とか今は大丈夫ですが子供の写真の年賀状は悲しく感じていました。自分が望む方向ではなかった人生も、神様から愛されていると必要として生まれてきたと理解しているつもりでも、やはり不公平だなと正直思うことがあります。本当はそんなことでちまちま悩むことではないと宇宙レベル的にはなるのだと思いますが、モヤモヤポイントでもあります。
■仕事ができる人はほかのことも器用にこなせる様に思えてしまいます。私なんか主人に経済的に頼らないと生きていけません。その分出産という人生で大役のことを務めたと自負しています。
■独身の方のいいところは「自由」なのではないかと思います。時間もお金も労力も全て自分の思うようにできる。それって結構すごくないですか?身軽で自由というのはそうでない人にとってはうらやましいことかもしれません。
独り身を謳歌されている方が世の中にはたくさんいらっしゃるので、そういう方たちの中でいいなと思う方をロールモデルとされてみたらいかがでしょう。
■私もいい年して独り身、両親も他界しています。年末は友人知人と居ますが正月は、ひたすらぐ〜たら、寝正月 笑この時期の孤独感通常時の自由と引き換えなんでしょうかね〜今後、益々孤独化しない対策、考えないと!と思っております
■私は旦那さん子ども達がいて、お正月には子どもが帰ってきていつもは感情に飲み込まれているのに気が付がついていない。でも今回は自分自身が穏やかというか、心がし〜んとしていて(子どもが帰ってきたという事でなく)喜びやバタバタにもそこまで一喜一憂してなかった。心の安定がどんなに有り難いんだ。と実感しています。まわりによって自分の心が揺れるのは散々やったからもういいかな。
■私は高齢者の独身です。今までを振り返れば「あの時、自分の家庭を持つ機会があったかも」と思うこともあります。人付き合いも苦手ですが、友だち、家族がいるから孤独ではないということではないような気がします。私もいろんな感情を抱くことはありますが「全部、自分で選んで来たんだな」と思ってます。
■私も独身なのですが人は、いつでも、天空の援軍や神の愛に包まれているので、ひとりではないと思いますし、年末年始静かに過ごしたり、人生について考えたりできるのでひとりも良いもの、と思います大切なのは、どんな状況にも幸せと愛と、感謝を見出すことではないのでしょうか。
■年末年始のテレビニュースの光景は、田舎のジジババたちの歓迎と休みが終わって別れの淋しさを表していますが、大体が小学生までです。その後は来ませんから全く絵になりません。
■私は結婚して子供がおり、子供が小さい頃は旦那の祖母、義両親、私たち夫婦、子供達2人と賑やかなお正月でした今では、祖母、義父は亡くなり、お正月だけ戻ってくる義母会社勤めの子供達は折角のお正月休みは彼氏、彼女と過ごしたいと言っていたのですが子供達がいないとなると、アルツハイマーの義母と私達夫婦の3人になってしまいます。せめてお正月の1日はみんなで食事しましょうよと子供達にお願いをしなんとか今年は5人でお正月を迎える事が出来ました。毎年こうやって人数が減っていくんでしょうね。独身の方も既婚者も最後は1人で旅立っていくのですから同じですね結局。
■孤独ってふとした瞬間に訪れたりします。幸せでも。人は何かを失って何かを得るのかも知れないけれど最近はちょっとそれじゃさみしいから私の人生は失うものはなくて必要なかったと考えてます。いづみさんのブログから感じるのは私の周りには見えない力強い味方が沢山いるから大丈夫だなって所でしょうか。
■私は既婚で数年前まではお盆正月は少し時期をずらして自分の実家に夫と子供を連れて帰省している身でした。少し時期をずらしていたのには理由があり、東京に居る夫の姉(独身)が帰省するからです。義父と義姉の仲があまり良くないし、義兄(独身)も家に居ますが仕事柄盆正月関係ないし、家のことは一切何もやらない、むしろ家庭持ちの夫がやれば!? みたいな人なので諸々嫁として気を使ってのことでそうしてます(笑)そんな私でも年末年始の帰省での孫を迎えるジジババ、あのニュース見てるとなんかムカつきます。だから、@メッセージの彼女が疎外感感じるのも分かる気がします。
■現在、親の世話や病院通いに付き添っているときにもこの方のように感じることはあります。独身なので私のときは誰が付き添ってくれるのだろうとかですね。福祉でしょうか。
■年末年始の過ごし方ですが、ご結婚されていない方、お子さんがいらっしゃらない方、それぞれでしょう。いいじゃないですか。ご自分が選んだ人生、あっぱれでいきましょう。(中略)私自身、娘との関係かギクシャクし悩んでいます。自分の人生なら自業自得ですが子どもはどんなに頑張って育てたつもりでもそれが吉となることは難しい事もあります。結婚しなくとも子どもがいなくてもご自分が選んだ人生、自信を持っていただきたいと60代になりしみじみ思うことです。幸せそうに見えてもその部分は一部で、みなさんそれぞれ悩みはあるものです。その中で小さな幸せに気づいてご機嫌に生きてゆけたらいいではないのと思うこの頃です。
■自分の立場で自分なりの幸せを探していくことが大事なのでしょうけれども、子供や孫のことにお金も時間も取られているのを聞くと可哀そうと思います。自分だけで自由にできるのは幸せです。
■適齢期といわれた頃、お見合い案内を断ったことがありました。お見合いおばさんに『後悔しますよ。』と言われました。今50代半ばすぎ、生涯未婚率に仲間入り。振り返ればいろいろあったような気もしますが、心のなかは基本的に『VIVA!自分』です(^_^)v親戚の中ではある意味、唯一無二の存在です。私はわたしでちょうどいい~なんて思っています。
そして元々この文章を書いた方が
最後にこう書いていらした
■自分軸で、楽しい、幸せ、美しい、
そういったものを模索していきたいと思います。
そうとても立派なシメです。
そこに至るにはプロセスを通ると
もっと楽だと思います
最後に私から書きますね
ひとつの見解として
たぶんね、あなたは
前世で子供や孫の世話をした人生を
何十回と送ってきたと思います。
友人も多くていつもひとりになれない
隣の家の女性が、フラッと、
自由に遊びに出かけて行くのを見ては
「来世はあんな自由な生き方がしたい」と
あなたは思ったことでしょう
ご自分で選んだこの人生
と思ってみてください
どうしてコレを選んだ?
何が「お、いいゾ♪」と思って
この生き方を選択したのでしょう
10個書いてみてください
そう、いつでもどこかで
なにかに不平不満のあるひとは
自分で選択したとは思っていないものです
不安に駆られるひとも似ています
選択もしくは同意しなければ
身に降りかからないからです
神は押し付けたりはしないですからね
そして
自分で選択したと納得したら
それを変えることはできます
もし心から納得しないと
人にそうさせられたと信じているので
自分で変えることができません
わかりますかね
PS
私の腰のご心配もありがとうございます
今朝起きて、まだ少し痛いので、
ゆっくりしちゃおうかな~と
起き上がって紅茶を入れた
そのとき母施設上階の母友人が
一昨日から実は急病
との連絡を受けました
やることやってコルセット締めて
運転は大丈夫そう!と
フルーツにひょうたん持参で
車で駆け付けます
腰痛いなんて言ってられない
あ~そうだ、きっとこれだ
この2年間も腰が危ういときもあった
でも「そんなこと言ってられない」
「頼むよ神さま」と
その意識だったのです。
これ使えます
何故ならそこに意識を全く向けないから
それはどこかに飛んでいく(笑)







































