象の夢を見たことはない -216ページ目

自転車のある風景

真似っこ。

あ、以下は反芻ですよ、あいかわらず。

$ニャンちゅうなブログ-ホアルー

ホアルー。タイヴィー祠。
わっしの自転車じゃないけど。

海外で自転車に乗るのは楽しい。

景色の染み込み方が自分に合っている。

うそ、必死で漕ぐ。
デジカメで遊んでいたら置いていかれた。
突っ込みそうになるし。
きゃつら結構速い。
自転車に乗りながら撮った映像をあとで見て酔った 笑



酔え!
安物デジカメなので音声もなし。ブチ、ブチうるさいし。短っ!

タイヴィー祠から、タムコックの舟乗り場までサイクリング。
牛の食べる藁のこんな感じはもう日本では見れない風景。

MGMT

なん?MGMTって?

YouTubeMGMT Exclusive Sixty Second Interview

ショタコン洋物?
てか、ぜったいブリティッシュだよと思ったら
ブルックリン!!!えーーー

ブルックボンド、ブルックボンド、飲んで飲んでプリーズ

顔の感じとか目の色とか。発音もそうだね。
ヒゲのコの話し方は特にブリティッシュ。
インタビューは、よく聴きとれず。耳がないわ。難しぃ。
名前も2人ともイギリス系なのか?
名前系、よく知らんのだが…

みょーにちょっと汚い少年って感じがアレ。
そーいう趣味はないが、わかる気がする。

妹が大学時代にハムステッドでホームステイしていた先の小学生が、
次に行ったら自分よりデカクなってて
「誰!?」
声変わりもしててビビる的な。
外人だとデカクなる過程がナゾで『うそぉーん。』

というのを思い出した。

海でナマ魚が見たい!!!

あ、暑い。

現実逃避。
また反芻。

$ニャンちゅうなブログ-さかな

あ、青い。

$ニャンちゅうなブログ-さんご

さ、サンゴ。

$ニャンちゅうなブログ-しゃこ貝

シャ、しゃこ貝?

$ニャンちゅうなブログ-ぶもー

ブ、「ぶもーっ」ていう感じのさかな。

$ニャンちゅうなブログ-どっか行った

「ぶもーっ」とどっか行った。

ひとりで泳いでいて、サメに出会うとめっさビビる。
すげー速いんだよ、きゃつら。
襲わないと聞いていてもコワイ。
泡食って泳いでしまう。

このあたりの写真は素潜りで撮った。
背中が焼けてえらいことになるので
Tシャツ着て泳ぐ。
あ、ラッシュガード買えばいいのか。

$ニャンちゅうなブログ-3点セット

アイランド・ホッピング3点セット。
セームと貴重品入れとカメラ。
あと、日焼け止めも。
あ、でもマスクとシュノーケルも要るわ。
小ぶりのフィンとシュノーケリングシューズがあると楽。
ぜんぜん、3点じゃねえ。笑

こんないい加減なカメラで撮った。
ピントなんてありませぬ。

ディープ・リバーでバタフライ

白洲;とにかく、みんな男の人は惚れちゃったのよ。
河合:惚れられるけど、惚れられないんでしょう、彼女は。
白洲;でも、本当にむうちゃんを理解して惚れていたのはもしかしたら青山さんだけだったかもね。
河合:他の人は惚れるまえにイカれてしまうから、見えなくなるんですよ。
白洲:恋は盲目というやつでね。(@「こころの声を聴く」新潮文庫)

惚れること、より、イカれることのほうがレアな経験で。
自分の精神を侵す、犯す、冒す、そんな存在にイカれる。
理解するのは簡単。
自分で誤解して、納得して終わり。
それで死ぬこともない。

イカれるのも誤解だけど、どこかで一線を超える。
制御はきかない。

彼が探すのは、路のどこか片隅で襤褸のようにうずくまり、喘ぎながら死を待っている行き倒れを見つけるためだった。彼らは人間の形をしながら人間らしい時間のひとかけらもなかった人生で、ガンジス河で死ぬことだけを最後の望みにして、町にたどりついた連中である。
油虫の居場所を見つけるように彼等がこの町のどんな場所で倒れているかを本能的に知っていた。それはいつも人眼の届かない細い抜け道の、僅か壁の間から外の光が漏れているような場所だった。
息を引きとるまで人間はそんな光を最後の頼りのように求めるものなのだ。

キリスト教徒、大津。
彼の言葉であり、これを書いた人の言葉で…

ずいぶん前に読んだ遠藤周作の『深い河』。
このくだりだけ、残像として目に残っていて。
「うーむ」と。
そして理解することに対するイラだち。

そういえば、村上龍の最近の作品はすべてこういう構図で出来ている。
主題は希望。
抑圧、閉塞感の設定。かすかに見える光。それをいかに現実化するか。

でも、型は型。
「理解することには意味はないんじゃないか?」
そう遠藤周作氏の胸倉を掴んで言いたくなることがある。

小説に期待することが間違っている。
作家自身が小説を書く過程でしか掴めないもの。
読者が掴めることはない。
見えていることにはたいした重要性はない。
仕事と同じ。

理解していることをなぞることには興奮もない。
ドクドクしたなにか。
制御など効かない場所へ。

希望は、ナマでしか感じられない。
熱帯の風もそう。
そういうふうに人間は出来ているらしい。
ありがたいことに。

あー、ええなあ~

家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1243817632

あー、もう大好物っす!!
ええなあ。うらやましす。
てか、自分がそっちのタイプなので…

むかーし、新人の頃、会社の市ヶ尾の寮で2人部屋。
しかも6畳一間。
いまから考えたらあり得へん!!!

あまりに会社⇔寮の生活が飽きて。
同僚が帰ってくるの見計らって
押し入れに隠れたりして遊んでますた。
なつかしー。

でも、こーゆーときって実は限界近いんだよね。
いろいろ考えてあげてね。