動きの中で見つける
常々、スケートと水泳は似た競技だと思っていて、それは競技している時間が似ているからなのだけれど、50mと500メートル、400メートルと3000メートル、800メートルと5000メートル、かなりタイム差はあるし、全身と主に脚力という差はあるけれど、日本人が身体能力で世界に通じるスポーツとしてはこの2つの競技があるんじゃないかと。持久力と技術的なものの双方が、日本人に合っているのではないかという。
その持久性についても、「出したいスピードに対して一番少ないエネルギーで出す」というところに一番のポイントがあるようように思う。ある種、柔よく剛を制すというか。それが日本人の本質で、そこを磨いていかないとこれから生き残っていけないのかもと。
「出したいスピードに対して一番少ないエネルギーで出す」。
これは、実は高木美帆選手の言葉で、今日のNHKスペシャルのハイライトなのではないのかと自分では思ったのだけれど、池江璃花子選手があれだけの短期間で日本選手権のトップに立てたのは、明らかに筋力と体力ではない技術によるもので、水泳にせよ、スケートにせよ、流れの中でどこで一番力を入れて、あとは抜くかということなんだろうと。
古武術の井桁の話ではないけれど、基本的に体は常に動いていて、だから動きの中でてこが働くポイントは常に移動し続けていて、支点をずらしながら、一番スピードが乗るタイミングで一番力を出すというのは、従来の止まった物理での考え方と全く違った考え方で運動をとらえる必要があって。
肘をこう曲げたら、一番水をとらえられるとか、こうしたら腕の振りが早くなるとか、一点主義での頭の悪い方法ではなく、流れの中でどう動かせば効率的にかつ力を使わずに、そして長く運動できるのかを考える必要がある。
千葉すず選手も、実は結構早くから自身の体のフィードバックでそのことに気付いていて、速く、長く泳ぐ方法っていうのは何かというのを考えていたようなのだが、イトマンが根性路線だったし、そういった意味で出てくるのが早すぎたのかもしれない。
もういいかげん、止まった物理で身体運動を捉えようとする頭の悪いやり方を考え直したほうがいい。もしかしたら、頭の使い方とか仕事の仕方とかも同じなのかもしれないのだけど、そこまでは今のところ難しくて考えられない。
硬直したものの見方は、システムというもので固定化されるのだが、それがもう限界にきていて、どうやったらもっと柔らかく…。楽するために型に頼るというのも、日本人のもう一つの特徴らしいのだが、もうそういうのは自分もやめにしたいのだが。。