ヤノマミ | 象の夢を見たことはない

ヤノマミ

結局、なにもわからないまま進んでいたのだけど、あとで「あーそうだったのか」と気付いてその当時の自分の幼さに愕然とする。ときおり、学生時代のアレってやはり、アレだったのだなと気付くこともあり。大学時代のアレはちょっとヤバイくらい自分でもひく。

なんていうことを思う。

今だったらどうか?
という問いを自分に叩きつけて、やはり動けないだろうと少しでも思ったなら、それは完全な人生の敗北者だ。

だが、結局そういうことを思っている時点で、その人は今の価値観から抜け出せていないってことだ。今までの価値観の中にいる。

自分が変わるときを意識することはない。あとから変わったとわかることであって、実際には変わっているときというのは、容赦なく打ちのめされたり、ボロボロになっているわけで。そういう状態にならないと人は変わらない。

そして実はただボロボロになるだけでも変わらない。
アクションを起こしたときにはじめて人は変わる。

アクションを起こす。身体から変わって行く。
身体から変わるというのがミソなのだろうと思う。
身体でアウトプットしないとダメなのだ。

たぶん、そうなのだ。
ただ、ただ、そうなのだ。

ていうことをこの本の出だしを読んで感じた。
ヤノマミ。

$ニャンちゅうなブログ-ヤノマミ

身体で感じるルポルタージュ。取材が過酷を極めただろう。
そういう肌感覚があふれている。

だが、おそらく自分でそこに行かなきゃ、この本は絶対わからないだろう。
そしてわかったときには、自分はもう今までの自分ではないし、
この本を読む必要もなくなっている。
わかるというのは本来そういうことなんだと思う。
真実はいつも言葉の中にはない。