アラサー | 象の夢を見たことはない

アラサー

『冥土めぐり』

まだ読んでいないのだけど、それを読んだ人の感想を読んで、「ああ、そっちなのね、やはり」と思ってしまった。読みもしないのに不遜な考え方なのだが、たぶん自分は読まないだろうなと同時に思った。そして、今鹿島田真希さんの年齢をチェックしてそれが間違ってないことを直覚した。

長けた世間智とそれに相反する純粋さが共存している。純粋さに対する憧れというかそれを求める心というか。一方で、それを遠ざけようとする世間智があって。それが共存するが故、ふとしたときに浮遊感が見えるときがある。

この年代の友達はいるのだけど、ただそこまでティピカルであると感じたことはない。ただときおり話をしてて地雷を踏むことはあって、それはだいたいその純粋さの部分に踏みこんだところで怒られる。だからたぶん、彼女達の有り様を文章に落とし込むとこういうふうになるのだろう。

女性が共感を覚えるのはこんなふうに彼女達の内面を綴った文章なのだろうけども、男がこの手の本を読んでもいつも物足りないと思うのは逆にその点で。そういう点でたぶん、例えば村上龍は推さないだろうなと。男から見た女の怖さというのが、それも直截的なウエットな怖さというのがどこかに鋭く結晶している一文があれば、少しは違うのだろうけど、たとえば山田詠美とかはそう。あの年代までで、そういうのが最近の女流作家の方から消えてしまって、全体的に輪郭がぼやけてうまくカタチをとらえることができない。たぶんそういう文章なのだろうと。

それを確かめるために読んではみたいけど、新刊をわざわざ買う気はおこらない。うーん、文芸春秋の9月号を買えばいいのか。あー、ちょっと本屋行って見てくるかな。