愛という名のもとに | 象の夢を見たことはない

愛という名のもとに

で、愛となるわけなのね。救いは愛だ!と。園子温氏の場合。

それが『愛のむきだし』



もちろん、世界人類が平和でありますようになんていうそういう愛。
…なわけはなく。

てか、これも実話ベースだったのだね。すげえな。
なんしかコイケがさいこーだった。
ほんと詩人だわ、園子温。

愛はバイオレンスでその死とのせめぎ合いこそが生であるというか。それこそがギャグであるというか。ぶざまさこそが生きる真実だとか、んな感じ?

村上春樹の場合には、彼のバイオレンスがどこへ行くのかというのがまだわからない。それが小説家と詩人の違いなのかもしれない。結論をバシッと言いきるか、それを引き延ばし続けるかというか、それこそが詩と小説の違いというか。

村上春樹には他の小説家のように俗物で終わって欲しくはないのだけど、ただ彼も還暦すぎちゃったからなあ。そこも小説家の有り様として関門で、だいたい人生を全うした小説家の小説は、その本質が詩ではなくなる。と個人的には思ってしまっている。うーむ、その考え方もどうかとは思うが。。すくなくとも、変なふうにまとめるくらいなら、そのままずっと死ぬまで悩み続けて欲しいというか。そうなるとそれはそれでまた詩になるというか、ホメーロス的に。

そういえば、村上春樹が「小説家というのは…」と言うセリフをどこかに書いてたなあ、どこだっけかなあ?