考えることと行動すること | 象の夢を見たことはない

考えることと行動すること

というのは、まったく別物だった。あらためてそう思った。

親孝行のつもりでイタリアへ同行。
子供が親の思うとおり成長しないのと同じで親もそうではない。
いつのまにやら「手のかかる子供であって親でもある」。そういう存在になるようで…

「子供に添う」なんて言ってた灰谷健次郎には実の子供はいなかった。人さまの子供を与かるのと違って自分の子供というのはそうそう頭で考える通りにはいかないもので…。
振れる感情に一定の制限が掛けられるものとそうでないものというのには決定的な違いがある。

そんなもんらしい。世のおかあさんって偉いんだなあとあらためて。
手を出さないでただ見守るなんていうのは、せっぱつまっていれば出来はしない。
せっぱつまらない人生なんて生きている意味はない。
見えることと見えてないこととの差なんて思ったよりたいしたものでもないんだね。
まあ、ちょっとはましだが。

子供によって親が成長させられるのであれば、親によって子供も成長させられる時期がくるようで…
子供がいなければいないなりにそれなりにそういう苦労も楽しみもある。らしい。

果たして成長というものが死ぬまで続くとは父親を見てるととうてい思えないが、そういう希望(幻想?)はどこか遠くに住んでいた偉大な先達のオトコたちに託して…

イタリア旅行記はのちほど。